コラム マフィアと他人種ギャングの関係
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・目次
 ・始めに
 ・マフィア対○○?
  ・犯罪組織関係者の「上納金」別三分類
  ・マフィアと他人種ギャングの「縄張り」の違い
  ・マフィア対黒人ギャング?
   ・「マフィア対黒人ギャング」10の基本的事実
   ・その歴史的関係
   ・黒人ギャングはマフィアのシノギを奪えない
   ・マフィアとは戦えない、戦わせてもらえない黒人ギャング
    ・具体的なシミュレーション
   ・マガディーノ一家対WAG・ボーイズの例
   ・「ジョン・ゴッティ殴打事件」が意味するもの
   ・マフィアと黒人ギャングは互いにどう思っているのか
  ・マフィア対ラテン系?―西海岸チカーノ
  ・マフィア対ラテン系?―東海岸諸民族
  ・マフィア対バイカー?
  ・マフィア対ヤクザ?
   ・皆無に近い衝突
   ・マフィアとヤクザ―それぞれの国での存在感
   ・具体的(かつ空想的)なシミュレーション
   ・ヤクザがマフィアより強い点
   ・盗賊ではないヤクザ
 ・マフィアと他人種ギャングの関係を想像する助け『ソプラノズ』
 ・主要参考文献
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・始めに
 このブログでは以前から、ある程度詳細な参考文献のないことはあまり書いていません。「堅気がヤクザを語る」のも「日本人がアメリカ人を語る」のも難しいのに、「日本人の堅気がアメリカのギャングを語る」というのはかなり的外れなことになってしまう可能性が高く、参考文献なしに何かを書いたり推測する気にはならなかったからです。
 
 ただ、先日ある読者の方から「マフィアと他人種ギャングの関係を知りたい」という質問をいただいたので、一応はそういうものを整理しておいてもいいかと思い、自分にいくらか知識がある範囲内で書いておきたいと思います。別に参考文献に明確に裏打ちされていなくとも、一応はこうだろうという「一般常識」はあると思いますが、そういったものをうまく説明できていれば幸いです。コラムということもあって詳細な参考文献は付けません(それをやると気軽に記事が書けなくなるので)。
 本コラムでは、できるだけ特殊例ではないと思われる実例を挙げて、一応の証明としていますが、やはり「暗黒街」と言うだけあって、完全に「これはこうだ」とはっきりと見えることはあまり多くありません。
 そこのところを考慮したうえで読んでいただけるなら、この記事は面白い記事になると思います。
 
 より広い範囲の「ギャング間の人種戦争」については、以下の記事なども参考になるかと思われます。
 
「ストリートギャング アメリカ「人種戦争」」
https://julyoneone.wordpress.com/2020/10/27/ストリートギャング%e3%80%80アメリカ「人種戦争」/
 
 
(注:この文は普段書いているものとは対照読者層が違うので、ですます調で書いています。またツイッターアカウントのタグ「#マフィア」ではいくらか時事ネタもつぶやいているので、興味のある方はそちらもご覧ください)
 
 
 
 
・マフィア対○○?
・犯罪組織関係者の「上納金」別三分類
 「マフィアと他人種ギャングの関係」という本題に入る前に、一般的な「犯罪組織」の内外の人間とのかかわり方について、金銭を軸に簡単に分類しておきたいと思います。
 
 
 一般的に犯罪者が「犯罪組織」に支払う金には、大きく分けて3つあります。
 まず1つ目が「上納金(tribute)」で、組織のブランドで稼がせてもらった金を文字通り上に納めるものです。3つの中ではこれが最も高額で、上に払う金が大きければ大きいほどボスの覚えがめでたくなり、組織での力は上がります。『グッドフェローズ』のジミー・バークのように、アソシエイトが何か便宜を図ってもらおうと払う例もあるそうです。基本的に末端メンバーはボスに払えず(会えないので)、幹部に払う形になります。
 
 2つ目は「会費(dues)」で、組織を維持するために定額が定期的に徴収されます。だいたいは組織の「金庫」にプールされ、メンバーが逮捕された時の弁護士代、家族の面倒を見るための金、もし事務所でもあればその光熱費なりの雑費に使われます。1985年のガンビーノ一家のポール・カステラーノ殺害もこの会費を上げたことが一因(上納金の方だったかも)で、2015年から続く山口組分裂劇もこの会費が高すぎるのが原因の1つだったといわれています。
 ストリートギャングであれば週5ドルかそれよりやや上程度が相場(もちろん団体によります)だそうですが、残念ながら筆者は、マフィアの場合この会費が月いくらかというのを知りません。彼らはヤクザと違って「組事務所」がないのでそんなには高くないはずで、あるいはひょっとしたら「上納」のみなのかもしれません(余談ですが、近い将来ヤクザも事務所は完全に処分するでしょう)。
 
 3つ目は「税金(tax)」ですが、これは組織のメンバーではなく外部の人間が払います。みかじめ料(Protection racket)の一種ですが、ドラッグディーラー、ピンプ、賭博のバンカー(胴元)を脅してそのうわまえをはねるわけです。しぶしぶ払う人間がほとんどで、多重取りで問題になったという話もたまに聞きます。
 独立系犯罪者ならともかく他のギャング団を脅して金を取るというのはかなりのリスクで、これを行っているギャング団はマフィアに限らずほとんどいないはずです。「マフィアが黒人をガジっている」と言うとき、それは黒人ギャングを脅して金をとっていたわけではなく、むしろ彼らと協力して高利貸なり賭博なりを一般市民相手に行って来たわけです。
 
 
 1、2、3の金を払っている種類の人間を犯罪組織が殺すときは、それは「処刑」であり抗争ではありません。基本的に逆らえない人間を殺すことだからです。ただし自分の「縄張り」で他のギャングが商売するときには話が別で、その時初めて「抗争」の火種が生まれます。
 
 
 
・マフィアと他人種ギャングの「縄張り」の違い
 この縄張り(turf)というのが曲者で、例えば日本ヤクザですら博徒のシマとテキヤの庭では性質が違い、地理的に重なり合うこともあります。アメリカではそこに人種的縄張り意識が入ってくるので、より一層話が複雑になってきます。
 
 これは20世紀中盤~後半のアメリカ中のインナーシティで起こったことですが、わずか20~30年で住人の7~8割が白人(イタリア系などの白人マイノリティー中心)から黒人とラテン系に変わりました。すると、もう地回りもろくにいないそこをどうして「マフィアの縄張り」と言えるのか。「最近黒人がでかい顔をしている」も何も、そんな黒人しかいない街なんて好きにさせておけばいいじゃないか。むしろ警察が大事にしない彼らにヘロインを売って儲けたらいいんじゃないか(映画『ゴッドファーザー』でもすこし描かれた有名な話です)……。こういうマフィアの思惑もあって、1960~1970年代の黒人街というのは麻薬汚染が深刻化してしまったわけです。
 
 全米的に、黒人ストリートギャングの利権というのは、黒人街中心の麻薬取引などですが、そんなハイリスク・ミッドリターンのものに貴重な「従業員」を割くほどマフィアは金に困ってはいないようです。
 これは今も昔も同じで、NYでもシカゴでも、マフィアの若手が「あの黒人ディーラーからドラッグ・スポットを取ろう」なんて言ったら年長幹部から馬鹿扱いされると思います。年長幹部にも貧乏人は多いでしょうが、麻薬の元締めになれるかもしれない人々が街頭の売人からいちいちカツアゲするわけがありません。
 
 黒人ストリートギャングがマフィアのシノギを奪おうとしたといわれる事件もいくつかはありますが、基本的には難しい話であり(後述)、厳しい制裁を受けてきたようです。一例として、1970年代後半にブラック・P・ストーンズ・エジプシャン・コブラズのミッキー・コグウェルが、労働争議に手を出してマフィアに殺されたのではないか(未解決)というものがあります。
 
 
 
・マフィア対黒人ギャング?
 
・「マフィア対黒人ギャング」10の基本的事実
 ・マフィアは黒人ギャングよりはるかに富裕である
 ・マフィアは黒人ギャングよりはるかに年齢層が高い
 ・マフィアは黒人ギャングよりはるかにメンバーが少ない
 ・マフィアは黒人ギャングよりはるかに警察にコネがある
 ・マフィアは黒人ギャングよりはるかに団結力が強い
 ・黒人ギャングはマフィアとは棲息範囲が異なる
 ・黒人ギャングはほとんどが激しく分裂している
 ・黒人ギャングの犯罪は非常に厳しく罰せられる
 ・黒人ギャングの最大の外敵はラテン系ギャングである
 ・黒人ギャングには(北東部なら)マフィアのアソシエイトが少なくない
 
 
・その歴史的関係
 歴史的にマフィアと黒人ギャングの関係は、共栄とまではいかなくとも共存でした。マフィアは主として賭場開帳や組合利権、大規模麻薬密輸などで白人富裕層をガジり、黒人は麻薬密売と管理売春のような非熟練犯罪で貧困層をガジる、そうした状況が20世紀前半から半世紀以上続きました。
 
 1970年代に黒人解放の時代の象徴として、主としてNY・ハーレムを中心に、フランク・ルーカスやニッキー・バーンズの様な麻薬王たち「ブラック・マフィア」が話題になりました。ブラックエクスプロイテーション映画やフランシス・イアンニの実録本『ブラック・マフィア』などが「新時代の到来」を喧伝しましたが、彼らの殆どはマフィアから麻薬の供給を受けていたために、「マフィア対黒人ギャング」は映画の中の絵空事でした。この年代最大の麻薬王フランク・マシューズは1973年に「失踪」、いまだに何の消息もつかめていませんが、マフィア系密輸網からの脱却を図っていたために、マフィアに殺された可能性も高いです。
 
 しかし1980年代からは中南米系の密輸網が巨大化し、新世代のドラッグディーラーたちはマフィア系密輸網からの独立を達成しました。1980年代後半~1990年代前半のクラック禍時代には、黒人ギャングたちは今までとは比べ物にならないほど富裕になり過激化、架空の話になりますが、映画『ニュージャック・シティ』(1991)で黒人ギャングがマフィアを撃ち殺すシーンも、こうした黒人ギャングの強力化を背景にした作品でした。
 
 1970年代、80年代、あるいはこの90年代でも、まだ暗黒街に「黒人の時代」が到来するかのようなことを言っていた人はいました。しかし黒人ギャングというのは仲間割れが非常に激しく、もちろん警察の厳しい捜査と「思惑」もあってのことでしょうが、1990年代には内紛に内紛を重ねて自滅しました。
 例えばアメリカ史上最大の死者を出したギャング抗争は疑いもなく黒人のクリップス対ブラッズですが、同じクリップス同士の内戦の方も同じくらい激しく、その最も大きな二次団体抗争(つまり連合対連合ではなく具体的なギャング団抗争)は、同じクリップス同士のローリン・60s対エイト・トレイ・ギャングスターズなのです。
 1980年代後半からは、民主党随一の厳罰派だった上院議員ジョー・バイデン(当時)の尽力もあって「大収監時代」が到来し、黒人貧困層はエリートたちの上昇とは裏腹にますます追いつめられることになりました。
 
 マフィアの没落と黒人ギャングの勃興は基本的に別のことであって、黒人ギャングがマフィアを追い落としたわけではないのです。黒人ギャングが追い落としたのは自らの民族社会であり、その意味では、口で何と言おうが、彼らは黒人を苦しめる白人至上主義者の共犯者でした。
 
より詳しいことは以下の記事をご覧ください。
「コラム アメリカ黒人暗黒街略史」
https://julyoneone.wordpress.com/2019/05/25/コラム%e3%80%80アメリカ黒人暗黒街略史/
 
 
 
・黒人ギャングはマフィアのシノギを奪えない
 犯罪を行う自営業者の集まりとして、マフィアは金になればたいていのことはやる人々であり、そのシノギ(racket)には、麻薬密輸、労組利権、賭場開帳、高利貸(loansharking)、管理売春などがあり、最近はあまり聞きませんがみかじめ料やトラック強盗なども、かつてはシノギの華でした。
 
 1970年代以来黒人ギャングには、以上のシノギはほとんど奪うことはできませんでした。
 アメリカン・マフィアの麻薬密輸はイタリア系のコネクションがあってのものであり(つまりあるイタリア系ディーラーがいなくなっても黒人では代わりにならない)、労組利権も街のチンピラに出る幕はありませんでした。賭場開帳にしても種銭がなく、黒人が好むことで有名だったナンバーズ賭博の上位の「バンカー」は殆どイタリア人かユダヤ人でした。
 管理売春(ピンプ業)は黒人が多くいる世界として有名ですが、基本的には種銭のいらない世界だからでしょう。犯罪の中ではあまり儲からず、マネージャーとして女の機嫌を取る仕事であり、その労働条件はやはりあまり良くないものでした(華やかなイメージは「商売用」)。黒人に多い芸能関係者および母子家庭出身者に「適性」があり(偏見かもしれませんが)、これで有名になった白人があまりいないのは、「女の機嫌を取り慣れていないから」ではないかとも思います。
 逆に言うと、ある種の黒人男性はまず人種差別によって白人女性、次に母子家庭育ちの環境によって黒人女性の機嫌を取るように社会から「教育」されているわけです。
 
 逆に1950年代のシカゴでの黒人ポリシー賭博王たちへの攻撃のように、マフィアが黒人のシノギを奪うことはありましたが、1980年代からはそういった動きもなくなりました。
 そもそも当時の新世代の黒人ギャングの持っている「利権」とは何かというと、「ゲットー」の狭いドラッグ・ターフ程度のもので、そんなものは同類以外にはだれも奪おうとはしませんでした。もしこの時代に、かつてのようにミュージシャンを脅して自分たちのレコード会社に所属させることができれば、マフィアはためらわずに「ラップ利権」を奪ったかもしれませんが、それを許すほど一般社会は甘くなく、またマフィアの力も強くありませんでした。代わりにそれをやったのが、LAのデスロウ・レコーズやテキサスのラップ・ア・ロット・レコーズの金主だったバウンティー・ハンター・ブラッズの「ハリー・O」マイケル・ハリスでした。
 
 
 
・マフィアとは戦えない、戦わせてもらえない黒人ギャング
 2021年現在のアメリカで、もし「マフィア対黒人ギャング」抗争が起こるとするなら、それは双方がよほど馬鹿に馬鹿を重ね、やらなくてもいいことをやり、言わなくてもいいことを言った結果になると思われます。
 わかりやすく(?)日本ヤクザに例えるなら、有力団体の二次団体組長が暴走族がバイク窃盗で稼いだ小銭を欲しがり、暴走族側が種銭もノウハウもないのに賭場開帳に首を突っ込む、そしてなぜかいさめるものもいないままに「抗争」が起こってしまう、その程度にありえない仮定をしないと「マフィア対黒人ギャング」は起こらないのではないかと思います(マフィアと黒人ギャングは上下関係ではないのでここまで単純な話ではないはずですが)。
 
 
 実際には「抗争」という「正々堂々の力勝負」にもっていけること自体が、まずありえない話です。
 
 もしマフィアと黒人ギャングの間で深刻なもめ事になった場合、黒人ギャング側に真っ先にいくのはマフィアのイタリア系の殺し屋ではなく、その黒人アソシエイトだと思われます。2013年にルッケーゼ一家に使われてマイケル・メルディシュを殺したテレンス・コールドウェルなど、殺しがほとんどなくなった今のNYでも5大ファミリーは使える兵隊をそろえているようで、彼らが仲介者を装って黒人ギャング側の幹部に背後から一発食らわせて終わり、というのが現実的なところではないでしょうか。また「マフィア・コップ」ルー・エッポリト(自伝邦訳あり。出版時は潔白扱いだったが後に有罪判決)のような腐敗警官も、いまだに5大ファミリーが抱えていることは間違いありません。マフィアから「情報提供」された警察は、何かとわきの甘い彼らを簡単に摘発するでしょう。
 
 
 
・具体的なシミュレーション
 ここを超えて力勝負―つまり抗争死者と服役人数とかかる金額の我慢比べになった場合でも、先に音を上げるのはまず黒人ギャング側だと思われます。
 
 例えば具体名を出して考えると、NY・ブラッズの有力二次団体ナイン・トレイ・ギャングスターズがジェノヴェーゼ一家の幹部10名を殺害したとしても、それで得られるものはほとんどありません(逆もまたしかりですが)。ジェノヴェーゼ一家は時を見て10人をソルジャーから幹部に昇格させ、警察は殺しを行ったナイン・トレイズの幹部たちを摘発、この時点で主戦派は総崩れになります。
 このナイン・トレイ・ギャングスターズは、内部にルッケーゼ一家のアソシエイト(エドウィン・スピアーズなど)も抱え、近年にメンバーだったラッパーのTekashi 69が仲間を売って自分だけ服役を逃れたことで有名な二次団体ですが、そういった脱落者も大量に出るでしょう。その麻薬利権はブラッズの他の二次団体が容赦なく持っていくはずです。
 後は10年20年をかけて、ジェノヴェーゼ一家側が納得するまでの残党狩りになると思われます。一家と関係しているラテン・キングスなども、人種対立の激しい刑務所内では喜んで彼らを攻撃するでしょう。
 
 このパターンはおそらく、マフィアとどの民族ギャングが抗争しても普遍的に起こるものだと思います。マフィアの最大の武器はその結束力であり、これは他の民族ギャングにはまずないものです。上記ナイン・トレイズも別に弱そうな二次団体を選んだわけではなく、これが他の有力二次団体であるセックス・マネー・マーダーなりマッド・ストーンズなりであっても同じことです。「シチリア人は忘れない」と言われますが、マフィアの異様な執念深さも黒人ギャングが畏敬を感じる理由の1つだと思います。
 ちなみにジェノヴェーゼ一家の総メンバー数は少なめの資料で推定150~200名程度(+アソシエイト1500~2000名程度?)、ナイン・トレイズは資料がないもののおそらく1000名以下(NYブラッズ全体では2007年5300名)と推測できます。資金量どころか、頭数でも負けているわけです。
 
 
 もっともLAやカンザス・シティのような、そもそも10人いるのかどうかすら怪しい壊滅状態のファミリーなら、黒人ギャング側が「勝つ」ことはできるかもしれません。
 その場合はマフィア側は、なぜ半引退状態の自分が襲われているのか全く見当もつかないまま、高利貸か賭博のデータの入ったスマートホンでも握りしめながら死ぬことになるのだろうと思います。もちろん襲撃側がそのシノギを引き継ぐことはできません。警察の捜査方針は「物盗り」でしょう。
 
 
 
・ マガディーノ一家対WAG・ボーイズの例
 一例として、1990年代前半バッファローで抗争になりかけた事件を紹介したいと思います。
 
 1993年5月12日夜に、NY州バッファローのマガディーノ一家の幹部(カポ)、「ブッチー・ビフォカルス」フランク・ビフルコ(Frank (Butchie Bifocals) Bifulco)の15歳の義理の息子カーメン・ガロが、自動小銃で殺害されました。
 犯人は、バッファロー市イーストサイドを根城とする黒人ギャング、WAG(Winslow Avenue Gang)・ボーイズのボス、「ピーウィー」ロイ・ハイスミス、その用心棒「ジャズ」ジェフ・カルブレス、「DMC」フォレスト・マイルスでした。高校で麻薬を捌いていたガロとその友人エリック・ハーキンスとの麻薬取引がこじれて、まずガロを殺害、しかしハーキンスには生き延びられてしまいました。ガロはマフィアの名門の血を継いでおり、義理の父ビフルコにあこがれていずれはマフィアのメンバーになりたいと夢見ていたそうです。
 
 事件を知ったビフルコは激怒し、犯人3名の殺害にそれぞれ5万ドルの賞金を出しました。
 しかしカーメンの母シシーが息子の葬式の夜ビフルコに噛みつくと、逆切れしたビフルコはバットでシシーを殴って逮捕され、そのまま両者は離婚に至りました。
 
 マフィア対黒人ギャング、より正確にはマガディーノ一家対WAG・ボーイズの抗争になってもおかしくない事件でした。
 しかし1993年11月にはカルブレスとマイルスがガロの殺人で、12月にはロイ・ハイスミスが複数の罪状で逮捕され、その後の裁判で超長期刑を宣告されると、WAG・ボーイズはそのままなし崩しに壊滅しています。
 ビフルコは刑務所で残りの人生の殆どを過ごすことになった旧WAG・ボーイズを殺そうなどとは思わず、その後もマガディーノ一家の幹部を務め2020年に76歳で死去しました。WAG・ボーイズの3人は現在でも服役中のはずです。
 
 
 どちらかが仕掛けたというわけではなく、面子、金銭利害、縄張り争いといったかろうじて正当化できるような要素もありませんでした。
 カーメンは麻薬取引に当たってビフルコの名前を出していたそうですが、それはどう考えても子どもが出していいものではなく、ビフルコはきつく注意するべきでした。しかしビフルコ自身は当時の麻薬取引の危険性に気づかず、「高校で麻薬を捌くのはいいスタートだ」などと言っていたそうです。
 
 何もかもが、馬鹿に馬鹿を重ねた結果だったのだと推測します。
 カーメンは不慣れな黒人相手でつい粋がってしまった。ビフルコ本人には引いたかもしれないWAG・ボーイズも、その虎の威を借るだけのガキに我慢する気はなかった。しかし小柄だったカーメンは友人ハーキンスの手前弱虫と思われたくなかった。その日ハイスミスはたまたま虫の居所が悪かった。向こうはマフィアの息子らしいがどうする? 夜の人通りの少ないところで、「ここならこいつらを殺してもばれない」という考えが3人に忍び寄った……。
 
 本来ならばカーメンは暴行されて金を取られるだけで済み、義父ビフルコに泣きついて相手にされるかされないかで終わった事件でしょう。こんなことになってしまった時点で双方が負けているのであり、あとはどちらが先に面子を潰さずに上手く引けるかの話、そしてWAG・ボーイズの壊滅でビフルコがこれ以上の恥をさらすことは避けられました。
 事件からは30年近くたちましたが、2020年代現在であっても、同様の事件―ギャング抗争とすらいえないようなスキャンダル―が起こった場合、同様の結果になるだろうことは容易に推測できます。1、2年で自壊するだろう組織の人間をわざわざ殺すなんてことは、まともな組織犯罪者なら馬鹿馬鹿しくてやらないだろうと思われます。
 
 
・「ジョン・ゴッティ殴打事件」が意味するもの
 1996年7月、イリノイ州にある連邦刑務所「USPマリオン」で、終身刑を務めていたガンビーノ一家のボス、ジョン・ゴッティが黒人囚人に殴られるという事件が起こりました、というか、「起こった」といわれています。
 
 事件はNYデイリー・ニュース紙や同年8月20日付のシカゴ・トリビューン紙が、「匿名の法執行機関の人間」をソースに報じましたが、ゴッティは額の傷を見せた医者には「転んだ」と説明して暴行事件を否定、弁護士のブルース・カトラーも事件は否定し、USPマリオン当局もコメントを拒否しました。
 「ゴッティを殴った」のは、DC出身者の集まり「DC・ブラックス」の一員ウォルター・O・ジョンソンといわれました。強盗で刑期を務めていたジョンソンはゴッティと人種的な言い争いになり殴り、ゴッティはまさか殴られるとは思わずに油断していたが、軽いけがを負っただけで済んだそうです。写真では額から軽く血を流しているだけです。
 事件の前提として、マフィアは刑務所内では一般囚人の部類であり(井口俊英『刑務所の王』その他参照)、プリズンギャングからは深刻な脅威とは思われていませんでした。
 
 2002年には、そもそもDC・ブラックスとは犬猿の仲だったアーリアン・ブラザーフッドがジョンソン殺害を計画していたことが同年の主要メンバーへの大裁判で明らかになり、2004年のジョンソン本人の殺人(2001年釈放後数週間で警官マーロン・モラレスを殺害)の裁判でもこの逸話が持ち出されています。ジョンソン本人は逮捕後に拘置所で何者かに約40回刺されています。
 
 NBCニュース2006年4月14日付け記事は、1990年代にはAB最高幹部のバリー・ミルズがゴッティを守っていたがゴッティが自分の裁判にいい弁護士を紹介しないので止めたこと、ゴッティがジョンソン殺害に払ったのは50万ドルだったこと、ABのケヴィン・ローチが殺しを実行しようとしたが結局できなかったこと(1998年に証人転向)などを伝えています。
 
 
 この話は主に
 
 1、ジョン・ゴッティが額から血を流している写真がある(事実)。
 2、それは黒人に殴られて出血したものである(複数の人間の主張)。
 3、怒ったゴッティはABにその黒人の殺しを依頼した(ABの主張)。
 
 によって成り立っており、「ジョンソン殺害に50万ドル」のようなあからさまに嘘だろうことを除いては、2と3について嘘だとか真実だとか確証するのは難しいです。
 
 筆者はそもそも治療中の写真(参考文献欄参照)を見ただけでも、「ゴッティが殴られた」ということ自体に懐疑的―額を狙って素手で殴る人間はいない、ふつうは目・鼻・口・ほお。武器を用意してまでやった襲撃なら写真の額の傷が1つ、つまり一撃しか食らわせないのはおかしい。殴られた直後にしてはゴッティの表情が晴れ晴れとしすぎている、「殴られて復讐を考えている人間の顔」ではない。そもそも深刻な復讐を考えているなら自分から医務室にいくだろうか、「証拠」を残すようなものではないか?―で、はっきり言って「みんなが食いつくゴッティネタ」のゴシップでしかないと考えます。特に衆人環視下の刑務所で、「ABに大金を払って殺しを依頼する」のはまずありえないことです。
 
 
 しかし、この話でより重要なのは、ではもし2も3も本当の話だったとして、その後両者―マフィアと黒人ギャング―の関係はどうなったかということです。
 マフィアは相変わらず刑務所内では「敬意を持たれる一般囚人」であり、黒人ギャング側は留飲を下げたかもしれませんが、得するところは1つもなく、相変わらず貧困ゆえの刑務所内低賃金労働(アメリカには「懲役」はないそうですが)と看守のいびりに耐える日々が続きました。この件のジョンソンは、おそらく現在は刑務所でしょうが、警官殺しで服役するのはかなりつらいことだろうと思います。
 
 若い黒人の大男が中年のイタリア系男性を殴った―そんなことは近づく機会があれば簡単にできます。それでイタリア系男性は自分では報復できずに誰かを雇って代わりにやらせようとした―24時間当局の監視下に置かれているのです、当たり前でしょう。しかしできずに2002年病気で亡くなった―ガンの闘病中には、そんな黒人のことなど思い出しすらしなかったでしょう。
 
 ことの真偽はわかりません。
 しかしこの話が残したものは、「黒人がゴッティを殴った」と狭い雑居房で何か大ごとのように吹聴する刑務所太郎たちと、そんなことは気にせずに犯罪ビジネスマンとして出所時期だけを心にかける収監中のマフィアメンバーたちでした。
 塀の外には家族も友人もおらず、塀の中の子どもっぽいマッチョな評判がすべてである―筆者はこういう「施設人間」を生み出すようなアメリカ社会の人種差別的重罰主義には強い怒りを覚えますが、それはまた別の話になります。
 
 
 
・マフィアと黒人ギャングは互いにどう思っているのか
 上記のような事件をいくらか見ていくと、マフィアが黒人ギャングをどう考えているかも、だいたいのところはわかってくるように思います。
 
 マフィアのメンバーはただ1人の例外もなくイタリア系であり、中高年がほとんどということもあって、有色人種のギャングについてはかなり人種差別的な考えを持っていると思います。末端ドラッグディーラーへの搾取的関係、「半グレ」への見下し、そういったものも加わって、特に黒人にはかなりきつい言い方をする人もいるようです。
 
 一方黒人やラテン系のギャングの方には、自分たちが馬鹿にされていることを分かったうえで、それでもなおマフィアに対して複雑なあこがれがあるようです。黒人にしてもラテン系にしても「強欲で傲慢な白人老人」は大嫌いでしょうが、自分たちも同じくらい強欲で傲慢な人間なので反発しつつも強くひかれているのでしょう。これは近年の「トランプ支持ラッパー」現象にも言えることです。
 
 マフィアから名を取ったラッパーには、軽く名前を挙げても、Scarface、Irv Gotti、Capone、Childish Gambinoなどといった大物たちがおり、その他のラッパーでもマフィアネタの歌詞は珍しいものではありません。
 筆者が歴史的文脈に常々こだわっているのは 実は当のマフィア幹部たちの息子や孫たちよりも、若い黒人の不良の方がマフィアに詳しいのではないかと思うからです。血はつながっていなくとも、エリート大学生なりグイド(guido、イタリア系の軟派)になった彼らの孫よりも、若い黒人の方が「アメリカギャング文化」の後継者にふさわしいのではないか、と。
 
 ただ「黒人ギャング」と言っても人さまざまで、マフィアと密接な関係を持っている人もいます。
 例えばデトロイトのドラッグ・ギャングたちはデトロイト・パートナーシップとの関係が深く、セックス・マネー・マーダーの「ピストル・ピート」ピート・ロラックなどもニッキー・バーンズの仲間だった父親を通じてルッケーゼ一家と遠い関係がありました。その伝記ジョナサン・グリーン『セックス・マネー・マーダー』によると、彼もしくはその仲間は葉巻をくわえながら死んだカーマイン・ギャランテの死にざまに強く感銘を受け、その写真を自分の部屋に飾っていたそうです。
 
 
 
・マフィア対ラテン系?―西海岸チカーノ
 歴史的に弱体で、「ミッキーマウス・マフィア」などと馬鹿にされてきたというLAファミリーですが、それでも盛時(1940~60年代)にはそれなりの力がありました。1957年にはその力にあこがれたチカーノの不良少年たちが少年院でプリズンギャング、メキシカン・マフィア/ラ・エメを結成し、数十年経つうちに傘下のスレーニョスも含めてアメリカ最大級の犯罪組織の1つになっていきます。
 
 それではその彼らが成長の途中でイタリアン・マフィアと衝突したかと言うと、刑務所とバリオ(ラテン系民族街)が縄張りの彼らと、かつては映画産業にタカっていたようなマフィアではやはり住む世界が違い、深い関係はなかったようです。ラ・エメのイタリア系メンバーにはマイケル・デリアがいますが、彼個人にはジミー・フラティアーノ(自伝邦訳あり)などとの関係はあったそうです。
 映画『アメリカン・ミー』(1992)でイタリアン・マフィアのボスの息子が獄中で殺され、ラ・エメとの抗争に入るわけですが、あれはフィクションで、モデルとなったような事件はなかったと断じていいと思われます。
 
 本ブログでは何度も述べていますが、2000~2010年代のLAではイタリアン・マフィアは壊滅状態であり、抗争以前に「本物のマフィア」を探すのが難しい状況になっています。サンフェルナンド・ヴァレーでのポルノ産業で有名な日系・イタリア系ミックスのアソシエイト、ケニー・ケンジ・ガロなども、1990年代中にニューヨークに出てきていたはずです。
 
 
 
・マフィア対ラテン系―東海岸諸民族
 東海岸の主なラテン系民族にはプエルトリコ人、キューバ人、ドミニカ人、メキシコ人などがいますが、マフィアはやはり彼らとも密接な関係を保って来ました。長くなるので詳細は述べませんが、だいたい黒人と似たような感じとみても間違いないと思います。
 最も有名なアソシエイトはピッグス湾事件にも参加した亡命キューバ人ホセ・バトルで、ボリータ賭博でマフィアと協力、1980年代中盤にはマフィア(ルッケーゼ一家?)派のキューバ人と互いのナンバーズ賭博ハウスを放火しあう「放火戦争(arson wars)」を戦いました。
 
 またここで、名画『ウエストサイド物語』に注意を促しておきたいと思います。荒唐無稽なミュージカル映画ですが、イタリア系の不良がプエルトリコ系に敗れる歴史的史実を描いた作品でもあるのです。
 
 マフィアと中国系ギャングの関係も、あまり知識はないのですが、特筆するような「抗争」はないように思います。
 
 
 
・マフィア対バイカー?
 筆者はこのトピックについてまともに考えたことがないので、現時点では詳しいことは言えませんが、やはり抗争はないと思います。潜入捜査官ジェイ・ドビンス『ノー・エンジェル』(邦訳あり)はヘルズ・エンジェルがマフィアのボスに子ども扱いされる様子を描いていますが、大体1980~90年代ならどこもそんな感じだと思います。
 カナダ・モントリオールは「ケベック・バイカー戦争」が起こったことが示すように、北米で最も相対的にバイカーギャングが強い地域ですが、やはりマフィア(リズート一家)なりトロント・ンドランゲタなりとバイカーの全面抗争はないようです。
 
 
 
 
・マフィア対ヤクザ?
 以上はある程度までは現実的な話ですが、時々話題になる話なので、多分に空想的な「マフィア対ヤクザ」についても書いてみようと思います。 
 
 
・皆無に近い衝突
 19世紀後半~20世紀前半の日系アメリカ人社会にはならず者は多くいましたが、きちんと修業をした博徒なりテキヤなりはほぼいなかったようです(詳細は後述の筆者記事を参照)。戦後数十年間には『東京アンダーワールド』に描かれているようなイタリア系のいかがわしい人々がごく少数日本に居つきましたが、彼らもやはりマフィアではありませんでした。
 
 自分が知っている事件の中で最も「マフィア対ヤクザ」に近いのは、1970年代後半にハワイで住吉会のワタル・「ジャクソン」・イナダがLAマフィア幹部ピーター・ミラノについて証言しようとして殺されたのではないかという事件です。しかしもちろん「住吉会対LAマフィア」などという話にはならずに、どちらの方でもうやむやになりました。その後ヤクザはいつの間にか原則的にアメリカ入国禁止になり、マフィアの方も日本に行く理由は特にないので(70年代にはトミー・「カラテ」・ピテラなどは日本で「ヒロシ・マスミ」という方の下で古流忍術「戸隠流」の修行をしていたことがあるそうです)この「ドリームマッチ」は実現せずに終わりました。
  
「日系ギャング」
https://julyoneone.wordpress.com/2017/12/26/ストリートギャング-コリアンジャパニーズ/
 
 
 
・マフィアとヤクザ―それぞれの国での存在感
 マフィアを「高度な犯罪組織の代名詞」たらしめているのは、先進国では際立って高いアメリカ社会の暴力性(年平均殺人数1万7000件前後)で、これは日本(年300件台)とは全く次元の違う話です。単純に考えて1年に1万7000人の殺人犯が新たに生まれる国で暗黒街の頂点に立つのと、1年に300人の殺人犯が生まれる国で暗黒街の頂点に立つのとでは全く違います。
 犯罪の王様は殺人だが、刑務所ではその殺人犯の山の上に立つのがギャングスターである、そしてマフィアとヤクザでは、その立っている山の高さが全く違うわけです。
 
 このことを考えると、単体で切り出してみると同規模に見える抗争でも、その意味はかなり違ってきます。
 例えば1990年代前半のNYの第3次コロンボ戦争と、2000年代後半の福岡の道仁会対誠道会抗争は、同じ「死者十数名」を出した抗争でした。しかし当時のNY市が千数百件の殺人が発生する犯罪都市だったのに対して、福岡ははるかに安全(ちょっと適当なデータが見当たりませんが数十件のはず)で、抗争への市民の反応は違いました。相対的には九州ヤクザの方が危険、しかしコロンボ一家の「下」には数千人の殺人犯たちがおり、彼らににらみを利かせられるコロンボ一家の方が絶対的にははるかに危険なわけです。
 
 時々現地在住の方が「今のニューヨークは全然安全だよ」と言っておられ、全くその通りだとは思うのですが、一方でいまだに「日本一国と同程度」(年300件前後)の殺人が起こっているわけです。東京・歌舞伎町、川崎市南部、大阪・西成、福岡(どこの地区のことでしょうか)などを面白がって危険と言うような(たびたび否定されていますが)日本の基準では、今のNY市は十分に「危険」なのです。
 安全なのはいいことですが、猥雑さ(≠危険さ)に対してあまりに潔癖すぎるのは「ケガレ」思想を連想させ、階級差別や人種差別につながるのではないかと危惧します。
 
 
 「マフィア対ヤクザ」についていうと、これは例えば「ホッキョクグマ対ライオン」のようなものです。どちらが強いかは別として、ホッキョクグマはサバンナでもそこそこ生きられるでしょうが、ライオンを北極に置いたら1時間かからずに凍死するでしょう。
 環大西洋圏で最も巨大な麻薬密輸コネクションを持つイタリア人犯罪組織(≒マフィア)なら、日本でも「運び屋の中国人」的な役割でやっていけると思いますが、日本人ヤクザがアメリカでやっていくのは難しいでしょう。やれることは韓国系ギャングの様な売春婦密輸網ぐらいでしょうか。
 ホッキョクグマとライオンが戦うには、まずどちらかが最低数千キロ移動しなければいけませんが、そんなことをできた時点でもう何か別種の生物に進化していることは間違いありません。
 
 
 
・具体的(かつ空想的)なシミュレーション
 しかし、これで話が終わるのもつまらないので、上記のようなことはわきに置いておいて、話しを膨らませたシミュレーションをしたいと思います。
 
 
 まず「地元では地元の人間が強い」。暗黒街はこれが鉄則で、例えば山口組でも沖縄旭琉會に沖縄で戦って勝つことはできません。これは例えばシナロア・カルテルなども同じで、米軍基地がある沖縄で銃撃戦などやったら大変な騒ぎになるでしょう。
 
 ただ、アメリカ北東部ではマフィア、日本ではヤクザ―普通に考えるとそうなりますが、おそらくマフィアはヤクザより弱いと思っている人はあまりいないと思います。
 
 例えば「ガンビーノ一家対山口組」では、殺し屋部隊の殺人数という「実績」がけた違いです。
 山口組では「殺しの軍団」柳川組が殺したのが十数人~数十人(? 正確な人数不明)なのに対して、ガンビーノ一家にはロイ・デメオ・クルー(100人以上?)、サミー・グラヴァーノ(19人。証人転向の際に自白し許される)などはるかに凶暴な殺し屋が多く、その時点で比べ物になりません。危険なアソシエイト(準組員)の数も違い、メルディシュ兄弟の弟ジョセフ(40人?。近いのはルッケーゼ一家)などもいたので、やはりその危険性は比べ物になりません。
 そもそも日本ではこの柳川組のように、韓国・朝鮮系ギャングは武闘派の一角ですが、アメリカのコリアン・ギャングは「モデル・マイノリティーにも一応はいる」程度の存在でしかありません。
 
 やはり正面衝突した場合はマフィアかな、と思います。マフィア本体ではなく、日本風に言うなら杯すらもらえていない「不良外人」の人々ならヤクザがいなすのは簡単でしょうが、繰り返しますがそういう現実的な話ではないです。
 ただ前述のように、馬鹿に馬鹿を重ねて衝突してしまった場合は双方が負けで、警察が簡単に両方の幹部を持っていくことになると思います。
 
 
 
・ヤクザがマフィアより強い点
 とはいってもヤクザを下げる形で終わりでは何なので、ヤクザがマフィアより強いだろう点を列挙したいと思います。
 
 まず数。
 三大暴力団(山口組、住吉会、稲川会)などは日本全土にそれぞれ数千人の組員を持っていますが、マフィアは全米でおそらく500人以下、アソシエイトが1人10人としても5000人以下だと思われます。
 また三大暴力団は日本全国の複数の都市に拠点を持っていますが(山口組の神戸、大阪、名古屋など)、これはアメリカ北部+αのマフィアよりもはるかに広く大きな世界の話です(土地面積ではアメリカ北部の方が広いですが)。マフィアの世界では「大阪対名古屋」はまずありえないことで、彼らは1都市に本家と二次団体(クルー)があり、それを潰されたら終わりです。
 
 次に資金力。
 数千人から定期的に集金できるというのはやはり強く、1都市で締め付けられても他都市からの支えがあるのはマフィアにはない強みだと思います。全盛期なら山口組の稼ぎは5大ファミリー総計をしのいでいた可能性もあります。ただ、犯罪組織の財布の中身はわからないし、日米で経済状況が違うので、これについては何とも言えません。
 
 最後にヤクザを支える日本社会の「寛容性」。
 2000年代後半に、安倍晋三が工藤会に選挙協力の金を払わずに、自宅に抗議で火炎瓶を投げ込まれたという事件があったそうですが、たかが選挙程度で「ジャパニーズ・マフィア」に頼るこの人物は、アメリカ人からはイタリアの腐敗政治家ベルルスコーニあたりにそっくりに見えていることでしょう。ヤクザ映画が好きであこがれているそう(嘘だと願いたい)ですが、歴代大統領の誰も鼻で笑うような話でしょう。対照的に不動産とカジノをやっていたドナルド・トランプにこの手のスキャンダルはなく、かなりクレバーな人間であることがうかがわれます。
 何か逃げ出したくなるような大事になった時に政治家がヤクザを庇護することはないでしょうが、この日本社会の「寛容性」はヤクザの強みとみていいと思います。
 
 かつて1980年代にはこういったことをもって「日本はヤクザ支配国家ではないか」と指摘する外国人がいましたが、その後暴対法・暴排条例でヤクザは劇的に衰退、ヤクザのみならずに一般人にも「日本は警察国家である」という事実が重くのしかかることになりました。
 
 
 
・盗賊ではないヤクザ
 余談ですが、この手の日米「比較任侠論」で、筆者が常々考えていることがあります。
 それは、日本ヤクザがその理想を博徒とテキヤに置くのに対して、アングロサクソン社会の「gang」という犯罪文化は基本的に盗賊に由来するものなのではないかということです(現代の実態はどちらも麻薬組織でしょうが)。
 そして、盗賊と博徒ではいわゆる「喧嘩根性」が全く違う。度胸や侠気の問題ではなく、前者が暴力で他人の財産を奪うのに対して、後者は突き詰めればお客様商売で、盗賊は殺せば殺すほど怖がられて「仕事」がやりやすくなるが、博徒が殺人狂になったらその賭場には怖がって誰も来ません。
 溝口敦さんの2010年代の著書(『暴力団』の『正』か『続』)に「工藤会はヤクザ業界のために一般人を襲撃してくれているんじゃないか」という現役ヤクザの声が紹介されていましたが、まさにメキシカン・カルテルなどの残虐な殺人も、本人たちは意識していないでしょうが「業界のためになっている」のでしょう。
 
 ありがたいことに、日本には「盗賊系犯罪組織」というものがありません。「比較任侠論」は1990年代に出版された「イスラーム社会のヤクザ」という本の著者さんたちが提唱していたものですが、残念ながら今では引き継いだ人はいないようです。そのうち機会があれば簡単なものでも書きたいと思います。
 
 
 
・マフィアと他人種ギャングの関係を想像する助け『ソプラノズ』
 筆者はマフィア・ギャング映画は、特に最近のものはあまり多くは見てはいませんが、「現実はおそらくこうなのではないか」と想像する助けとしては、やはりHBOのドラマ『ソプラノズ』がいいと思います。理由としてはいろいろありますが、かなりの程度現実的との高い評価を受けていること、単純に長いので様々なことが描かれていること、そしてユーモアと他者からの視点を失っていないのがいいです。
 
 よくヤクザ映画に対して現役や元ヤクザの方が「ヤクザがわかってない」とダメだしするわけですが、しかし「身内にヤクザ者を持った人間」というのはヤクザ組員の数倍いて、彼らが創作物でも現実でも、浮世離れしたその人間ドラマを陰で支えている。「ヤクザがわかってい」てもその周りの人たちの心がわかっていなければ、その映画は単なるお追従ものに堕してしまう。
 
 いくらヤクザの映画であっても、「登場人物全員任侠道にベタぼれ」というのは不自然極まりないわけです。『仁義なき戦い』の5作目でしたか、金子信雄が宍戸錠(?)を「本物の任侠や~」とおだてるシーンがありましたが、あれを大真面目にやってどうするのか。スコセッシの『ゴッドファーザー』への不満も、そのあたりにあるのではないかと思います。
 『ソプラノズ』は「2つの家族の物語」ということで、そこら辺のバランス感覚がうまかった。「ファミリー」だの「オメルタ」だのと言っても、本物の家族とその絆からしたら所詮作りものです。
 
 他人種ギャングの関係というのとはちょっと違いますが、色々と参考になるドラマだと思います。
 
 
 
 
 
 
「コラム マフィアと他人種ギャングの関係」主要参考文献
 -コラムという性質上、詳細な参考文献は付けません。
「GANGS OF NEW YORK」
 -UBNは5300名。
https://nypost.com/2007/10/28/gangs-of-new-york/
「MORE WORDS FROM OUR READERS 」
 -マイケル・デリアについて。
https://inthehat.blogspot.com/2004/12/more-words-from-our-readers-inthehat.html
「Protection racket」
https://en.wikipedia.org/wiki/Protection_racket
「Thomas Pitera」
https://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Pitera 
・カーメン・ガロ殺害
「The Buffalo Mafia Vs. The Boyz In The Hood: Bifulco Sought Vengeance On Drug Boss He Blamed For Stepson’s Murder 」
https://gangsterreport.com/the-buffalo-mafia-vs-the-boyz-in-the-hood-bifulco-sought-vengeance-on-drug-boss-he-blamed-for-stepsons-murder/
 
・ゴッティ殴打事件
「MAFIA BOSS GOTTI BEATEN UP IN FEDERAL PRISON, PAPER SAYS」
https://www.chicagotribune.com/news/ct-xpm-1996-08-20-9608210196-story.html
「Murder Defendant Allegedly Beat Gotti」
https://www.washingtonpost.com/archive/local/2004/01/30/murder-defendant-allegedly-beat-gotti/01a7a053-f7a5-4a23-8d5d-2e85b37aedeb/
「Witness: Supremacists plotted to avenge Gotti」
 -ゴッティのけがの写真あり。
https://www.nbcnews.com/id/wbna12321039
・以下は疑わしい談話の一例
「”I SEEN JOHN GOTTI BEATEN DURING THE D.C.BLACKS AB WARS AT MARION & MET THE POWERFUL JEFF FORT”」
ttps://www.youtube.com/watch?v=9bxJPMvR7xM
「John Gotti was not racist against Blacks while in federal prison (pt4)」
ttps://www.youtube.com/watch?v=yU7QvKUfOHU
「Mad Stone Bloods Indictment – Department of Justice」
 -おそらく典型的なNYブラッズ(UBN)の中堅二次団体だと思われます。
https://www.justice.gov/opa/press-release/file/908631/download
・マフィア対ヤクザ
「犯罪の現状 – 福岡市」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/48290/1/3syo.pdf