ストリートギャング/コリアン&ジャパニーズ
 
 
 
 
 
 
 
 
・LA
 ・コリアン・キラーズ
 ・2010年代の現状
・LA外
・ジャパニーズ/日本人
 ・LA
 
 
 
 
  
・概要
 北米のアジア人犯罪組織には様々なものがあるが、第二次大戦後のストリートギャングというくくりでは、1970年代からの暴力過激化の波に乗ったカンボジア人、長い伝統を持つフィリピン人などが目立った存在である。
 その一方日韓のストリートギャングは中国人の陰に隠れがちで、まともに情報がないのでこの項ではひとくくりにした。

 ちなみに東アジア人が強い例外的な土地としては、ハワイとサンフランシスコとカナダのヴァンクーヴァーがあるが、ハワイはそもそも日系人が多い土地であり、SFとヴァンクーヴァーも環太平洋圏の中国人麻薬流通網の飛び地的な性格が強いので、この2つの土地について「中韓の犯罪組織が暗躍」というようなうわさを聞いた時にはその特殊性を考慮するべきだろう。
 
 
・LA
 2010年代現在最も韓国系アメリカ人が居住するのは大LA圏の30万人であり、次いでNY圏の20万人、ワシントン-ボルチモア圏の9万人などに固まっている。
 しかしLAのコリアタウンではリトル・トーキョーやチャイナタウンと同じく有名無実化が進んでおり、住民の半数以上はヒスパニックである。
 
 
 LAで最初に結成されたコリアンギャングは、そのたまり場にした場所から名前を取ったアメリカン・バーガー(AB)であり、その後バーガー・キング(BK)やコリアン・キラーズ(KK、創設年から取ってK75Kとも)が続き、女子部のIBKやKGKなども登場した。
 こうしたコリアン・ギャングは「摩天楼のように高いスポイラーとオーバーサイズのマフラーをつけた、車体を低くしたホンダ車」を乗り回すことで知られていたという。
 
 
・コリアン・キラーズ
 その中でも最大勢力はコリアン・キラーズであり、最盛期には60名以上の戦力を持って同胞が経営する商店への脅迫を行い、3万ドルから5万ドルもの金銭を要求していた。

 彼らはまた自民族の女性を誘拐しての国際的な売春網運営や覚醒剤密造も行い、1988年にはハワイのフィリピン人麻薬密売業者パシアーノ・ゲレロが、ポートランドのコリア系ラボで密造された覚醒剤をシアトル経由でハワイに持ち込んでいたことが報道されている。
 
 
 第一世代のコリアン・キラーズは1990年代前半には次第に鳴りを潜めていくが、彼らにあこがれるより年少の者たちによってラスト・ジェネレーション・コリアン・キラーズ(LGKK)が、KKの悪名を引き継ぐ形で結成された。

 LGKKは様々なギャングと抗争し、1997年にはコリアン・プライドのメンバーを殺害している。
 同年には連続強盗及び強姦で7名が逮捕されたが、リーダーのユン・グ・「エディー」・カンは250万ドルの保釈金を払っての保釈中に、裕福なビジネスマンであったという父親がいる韓国へと逃亡している。
 カンはその後2001年韓国とアメリカの間で結ばれた犯罪者引き渡し協定によって、韓国からアメリカへと引き渡された最初の犯罪者となり、不在のうちに言い渡された271年の刑に服している。

 2011年には元メンバーとされる「ムン」がメキシコから韓国へと覚醒剤を密輸しようとした容疑で逮捕されている。
 
 1997年には彼らをモデルにしたと思われる韓国映画KK FAMILY LISTが公開されている。
 
 
・2010年代の現状
 30万の人口の割にはストリートギャングの活動は低調であり、そのほかに暗黒街での大きな動きも報道されていない。

 2014年時点のコリアンタウンではアジアン・クリミナルズ(ACS)、メンタル・ボーイズ(MBZ)、コリアタウン・ギャングスターズ(KTG)、ラッパーのSeoulessがメンバーかアソシエイトである新興勢力トレイ・デュースなどが活動しているという噂である。
 
 
 コリア系はまたフリップタウン・モブやジェフロックスなどのフィリピン系ギャングに加わる傾向があるという。
 フリップタウン・モブの「キム」は、1997年に17歳でメキシコ人ギャングを銃撃してからは韓国へ逃亡してガンナムで英語教師をやっており、自分の塾まで持っていたという。2011年に逮捕されている。
 
 その他には三合会の下部組織的な愚連隊華青(Wah Ching)のメンバーを殺害したとうわさされるコリアン・プレイボーイズ、2011年に中国人男性へのヘイトクライムで4人が逮捕されたアジアン・マフィア・アサシンズなどが活動してきたという。
 
   
・LA外
 オレンジカウンティ北部ガーデン・グローブで50名ほどの戦力を持っていたガーデン・グローブ・ボーイズ、コリアン・タウン・モブ、アジアン・タウン・コリアンズなども活動していた。

 一方NYではコリアン・パワーが活動し、1993年に5名が逮捕された時点で最低でも100以上の商店を恐喝していたという。
 
 
 
「コリアン・ギャング」参考文献
コリアン・プライド:ギャングとコリアン・コミュニティー
https://web.stanford.edu/group/reflections/Winter1998/Nonfiction/KoreanPride.html
韓国系アメリカ人の居住する大都市
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_U.S._cities_with_significant_Korean-American_populations
まともな情報はないがstreetgangs.comより
http://www.streetgangs.com/asian/southlosangeles/lgkk
コリアン・キラーズ
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=45951
コリアン・ギャングの歴史
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=46064
コリアン・プレイボーイズ
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=43755
トレイ・デュース
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=45120
ちなみにWah Chingは日本人ラッパーのJaguar Ay氏がメンバーだったことがあるという
https://ameblo.jp/jaguaray/
LA郡のギャング・マニュアル。情報はやはり少ない
http://www2.bakersfieldcollege.edu/cfeer/Organized%20Crime/Gangs/LASD%20Gang%20Manual.pdf
現在ではウィキから削除されているLGKKのページ
http://www.thefullwiki.org/Last_Generation_Korean_Killers
ロシアについての掲示板だがコリアンギャングの情報あり。ここのギャング一覧が一番詳しい
https://www.coachella.com/forum/archive/index.php/t-3404.html
カンに271年
https://www.upi.com/Extradited-Korean-faces-271-years-in-US/61291004559629/
フリップタウン・モブの「キム」。韓国に逃亡して英語教師をやっていたものの逮捕はこれが4人目だという
http://populargusts.blogspot.jp/2011/08/wanted-korean-american-gangster-ran.html
ハンティントン・ビーチの警察の定期報告。4年捜査したのちに1997年の殺人犯ピーター・パークを逮捕している
http://articles.hbindependent.com/2001-04-12/news/export9758_1_police-briefs-block-of-lynn-street-yujung-yang-kong
パシアーノ・ゲレロ
https://www.csmonitor.com/1989/1208/aice.html
Carl Schoner著「Suburban Samurai -The Asian Invasion of the San Gabriel Valley」
James Ruiz, Don Hummer著「Handbook of Police Administration」
 
 
 そのほかに、ギャングスタ・ラップの発展に寄与した人物として、1980年代からコンプトン・ファッション・センターの中に店を構えていたレコード店サイカデリック・ミュージック・コーナーの店主、故ワン・ジューン・キムも韓国系の人物である。
 1982年から商売を始めたキムは多くのラッパーに慕われた人物であり、現在はその息子カークがサイカデリック・レコーズを経営している。

https://www.npr.org/sections/therecord/2013/03/14/174334510/gangsta-rap-swap-meet-proprieter-wan-joon-kim-has-died
http://www.cycadelicrecords.us/
 
 
 
 
・ジャパニーズ/日本人
 世界的に有名な犯罪結社「ヤクザ」のメンバーとして真偽はともかく悪名高い日本人ではあるが、アメリカではその悪評に見合うほどの活躍はしていない。ハワイでも移民にやくざ者はいただろうが、「やくざ組織」は結成していない(確信はないが、少なくとも大組織はない)。
 その理由については、まず移民したのは戦前にはやくざ文化がなかった沖縄の人間が多かったということ、第二次大戦中の強制収容によって組織犯罪志向のある人間が迫害を招くと白眼視されるようになったこと、そもそも中国人と違って背骨となるべきアヘンのルートを持っていない(もっとも旧日本軍は持っていたようだが、もちろんそのルートが使われたという話はない)ことなどが推測される。
 
 
・LA
 第二次大戦後から1960年代前半には、ブッダ・バンディッツやミニスターズが活動していたという。

 1960年代後半から70年代前半にかけてはモデル・マイノリティーというステレオタイプから外れた青少年によって、アジアン・アメリカン・ハードコア(AAHC)やイエロー・ブラザーフッドなどの相互互助組織的なイエロー・パワー・グループが現れてきた。その中でもAAHCは更生を目指す麻薬中毒者や刑務所内で政治的に感化された者からなる組織であった。

 1970年代から80年代前半にかけてはマーシャル高校のマーシャル・ホームボーイズ、アジア系で最初のクリップスともいわれるクレンショウのブッダ・クリップス、リトル・トーキョーのトーキョー・ボーイズ、ウエストLAのウエストサイド・ジャップスなどのギャングが活動していたという。
 
 
 上記のように日系ストリートギャングについての情報は少ないが、日本語では以下の本がある。

「リアル・ギャングスタ ウエストサイド日系ギャング・元リーダーの告白」
 マイク”SATO”中山著 2009年 武田ランダムハウスジャパン刊

 1990年代後半にベイエリアの日系数人で「JVHQ」というギャングを設立し、ベトナム系の「VE」、韓国系の「サンズ・オブ・ソウル」というギャングと抗争していた人の話である。中高で麻薬を捌くディーラーから始まり、仲間を集めて小規模な縄張りを持つギャングになるまでの経緯がかなりしっかりした調子で語られている。
 東アジア人ストリートギャングについての本は英語でも少ないので貴重な存在である。

 ただ、題名はウエストサイドだが、実際の舞台は「ベイエリア」である(普通westsideはwest coastの意味ではなく、LA・サウスセントラルの「西側」のこと)。SF-オークランド-サンノゼ圏のことだとは思うが、著者がぼかして書いているので正確な場所はわからない。
 また著者自身も正確には確認していないようだが、メンバー数700人はあまりに多すぎる。ベイエリアでこの数はおそらく全盛期のSF華青を超えている。70人でも多く、実数は17人でもおかしくない。
 

  
「ジャパニーズ/日本人」参考文献
ジャパニーズ・アメリカン・ギャング
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=1241
ブッダ・バンディッツ
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=56793
アジアン・アメリカン・ハードコアとイエロー・ブラザーフッド
https://web.archive.org/web/20040620054326/http://www.janm.org/whatsnew/press/gang.html
イエロー・ブラザーフッド
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=5959
イエロー・パワー
http://www.columbia.edu/cu/ccbh/souls/vol3no3/vol3num3art3.pdf
ソーカルのジャパニーズ・ギャング
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=54380

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