コラム 漫画『BANANA FISH』の歴史的背景解説
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・目次
 ・始めに
  ・少女漫画と「ストリートギャング」
  ・なぜこの文を書いたか
  ・「創作」と「現実」のミッシングリンク
 ・背景解説
  ・基本的な食い違い
  ・基本的な3つの補足
   ・コルシカ人ギャングはNYにはいない
    ・そもそもコルシカ人ギャングとは
   ・1980年代NYのギャングは9割以上が黒人とラテン系である
   ・1980年代NYで「ストリートギャング」は何を意味するのか
    ・「ストリートギャング」と「クルー」の違い
    ・分かりやすく(?)日本に例えると
 ・終わりに
  ・『BANANA FISH』を「現実のNY」に置くと?
  ・1980年代NYを説明する難しさ
 ・主要参考文献
 ・備考
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(注:この記事は普段書いている記事とは対象読者層が違うので、ですます調で書いています)
 
 
 
 
・始めに
・少女漫画と「ストリートギャング」
 筆者が以前書いた記事 
「アメリカ・ギャング漫画-クライム・コミックス試論」
https://julyoneone.wordpress.com/2018/10/20/アメリカ・ギャング漫画-クライム・コミックス/
 
は、クライム・コミックスと呼ばれるジャンルを中心にアメリカ漫画界でギャングたちがどう描かれてきたかを述べたものでしたが、それだけでは少し分量不足と感じたので、「おまけ」として「日本漫画の中の「アメリカのギャング」」という章を付け加えました。
 その中で「日本漫画界でストリートギャングが登場する機会が最も多いのは少女・女性向け漫画である」という風に書き、おぼろげながらもその系譜をたどりました。
 
 
 有象無象の雑多な作品の中でもひときわ目立っていた作品が、吉田秋生『BANANA FISH』(バナナフィッシュ、1985~1995年)でした。
 
 一般的な評価も高く、2018年にアニメ化されていることから見ると、30数年間ずっと一定の人気を保ち続けてきたようです。人気の証拠の1つとして、GoogleやTwitterなどで日本語「ストリートギャング」で検索すると、現実の話題の他に、ゲームのGTAシリーズ、創作漫画のキャラクター設定、そして本作への言及が大半を占めています。その是非はともかく、一部の漫画ファンには一定程度のリアリティーがあると評価されているようです。
 
 上の記事でも書きましたが、アメリカン・コミックスには成人のギャングを扱ったコミックはそれなりに数があるのですが、日本漫画界の長年の売れ筋の1つである「不良少年物」の漫画はほとんど見られません。一方で日本の一般向け少女漫画、ティーンズラブ、ボーイズラブ、ハーレクインなどの読者層の主要ターゲットを女性に絞ったジャンルには、「ストリートギャング物」が一定数あるようです。
 
 
 なぜ少年・青年漫画ではなしに少女・女性向け漫画、あるいはライトノベルに「外国の不良少年」を扱った作品がそれなりに存在するのかは分かりませんが、日本の類似ジャンルの「洋物」としての需要、派手な格好のミュージシャンの影響、無知からくる好意的な偏見などの理由が推測され、本作『BANANA FISH』がその源流の1つにある作品だということは間違いないと思います。
 
 セス・フェランティ『シュープリーム・チーム』(未訳)のような例外を除いて類似の作品もほとんど存在しないために、世界漫画の中に日本漫画が占める地位から言って、非常に奇妙なことにこの『BANANA FISH』が「1980年代NYのストリートギャング」を扱った作品の代表作ということになるのでしょう。
 
 
 
・なぜこの文を書いたか
 本来なら話はここで終わっていいのですが、しかし漫画好き兼ギャング・ウォッチャーとしては少し気になることがあります。
 
 同じように少女漫画の傑作である池田理代子『ベルサイユのばら』のフランス革命や水野英子『ファイヤー!』の1960年代ヒッピー・ムーヴメントが多くのすぐれた日本語書籍に恵まれているのに対して、『BANANA FISH』の「1980年代NYのストリートギャング」というトピックについての日本語文献はあまりに少なく、これから何かが書かれたり翻訳されたりする可能性も低いのです。
 
 1985年の連載開始から30数年間高い人気を誇ってきた作品であり、おそらくは「この漫画はどこまでリアルなのだろうか」という疑問を抱いた読者も多かったのではないかと思いますが、日本語資料が少ないために、具体的にそこのところを書いた文章は少ないように思います。
 
 
 そこでこの文章は『BANANA FISH』の読者で、「この漫画の舞台について詳しく知りたいが、どこから手を付けていいかわからない」という人に向けて書きました。
 
 もちろん「漫画と現実は違う」で済ませる方がほとんどだと思いますが、1980年代にはそのリアリティーをある程度評価されていた作品がそういった扱いをされるのも残念なことだと思います。本作が少女漫画のリアリティーのレベルを押し上げた功労者的作品だろうということは想像に難くないからです。
 
 今後も長期間にわたって読み継がれていく作品でしょうから、こういった文がネット上にあれば何らかの役に立つこともあるのではないでしょうか。もちろん筆者は「1980年代NYのストリートギャング世界」を直接知っている人間ではありませんので、「この文章はどれくらい確かなことなのだろうか」と思われる方は参考文献を読んでいただけるとより深い理解が得られると思います。
 
 
 ただし巻数の多さ、ストーリーの性格、絵柄、リアリティーの深度など様々な点で筆者の興味の対象からは外れるので、筆者はこの『BANANA FISH』については、文庫版1巻、日本語版wikipedia記事、アニメ版公式サイト、そしてTwitterでのファンのつぶやきなどの浅いものしか読んでいません。ですからこの文章は作品論ではなく、ここは強く強調しておきたいですが、本作が主な舞台とする「1980年代NY暗黒街」についての歴史的な説明になります。
 
 
 
・「創作」と「現実」のミッシングリンク
 そしてもう1つ、これは念のために強調しておきたいのですが、本文はこの作品に対して「そのリアリティーを審査する」といったような態度で臨むものではありません。
 1980年代中盤の日本の限られた情報環境の中で可能な限りのリアリティーを追求した本作に対して、インターネット時代の人間が後知恵でものを言うのは敬意を欠いたあさましい事ですし、そもそもが筆者にはそんなことをできるような深い知識はないからです。
 
 本作に難点があるとしたら、それは「1985年の日本ジャーナリズムの力量不足」「当時の日本文芸界・漫画界の調査力不足」であって、「作者・吉田秋生の力量不足」ではないと思います。例えば、本作の画風に大きな影響を与えた大友克洋や緻密な調査で知られるハードボイルド作家の船戸与一が同じ題材を書いたとして、それが『BANANA FISH』をはるかにしのぐ「リアル」な作品になるとは考えません。
 
 
 筆者がこの文章で意図していることは、ここがおかしいとか、あそこが間違っているとか、そういった「創作対現実」の不毛な話ではなく、作者の吉田秋生さんが自分で意図したか否かにかかわらず、どういった場所に登場人物たちを置いたのか、置いてしまったのかということについての説明です。『BANANA FISH』という「創作」と1980年代のNY暗黒街という「現実」のミッシングリンクを埋めることは、ファンの方がよりこの漫画を深く楽しむための役に立つのではないかと思います。
 
 
 本文が聞きなれないことばかりで何を言っているのか分からない、という人は、「終わりに」の「『BANANA FISH』を「現実のNY」に置くと?」を先に読むと、色々と分かりやすいのではないかと思います。
 
 
 
 
・背景解説
・基本的な食い違い
 Youtubeに「1980年代NYのストリートギャング」を説明するのに最適な動画があります。
 アメリカの実話系ジャーナリスト、アル・プロフィットが2013年にかつてのギャングたちを集めて作ったドキュメンタリー「Gangs of New York | Gangland Crime Documentary」です。長いので全編を見る必要はまったくありませんが、中盤~後半部分の1980年代を扱った部分を見れば数十秒で雰囲気はつかめるはずです。これは文脈をつかめば非常に面白い動画です。
 
 
「Gangs of New York | Gangland Crime Documentary」
ttps://www.youtube.com/watch?v=8TJrsJkzwZ0
2020年8月追記:上記動画が見られないようなのでこちらでご覧ください。
ttps://www.youtube.com/watch?v=m6Ii7TFx1jo
2021年16日追記:上記urlも消されていたのでこちらをご覧ください。この動画は以前一般公開されていたもので、米アマゾンでも見ることができますが、残念ながら日本からの視聴は困難なようです。本文自体は動画をまったく観なくても理解できます。
「True Crime Documentaries ➣ Gangs of New York」
https://www.youtube.com/watch?v=4fgPK12mwU0
ttps://www.amazon.com/Streets-New-York-Documentary-thirstinhowl3rd/dp/B00UBD55BU
 
 
 『BANANA FISH』とはずいぶん違うな、と感じる人が大半だと思います。
 登場人物の発言、容姿ともにあまりにとっつきにくい世界なので『BANANA FISH』との類似点を探すことをあきらめた人もいると思います。
 
 実際に漫画と「現実」はかなり異なります。
 例えば1990年のNYでは2245人が殺害されていますが、これは戦後最悪の1955年でも「全国で」2119人が殺害されたにとどまった日本とは全く次元の違う話です。近年の例を見ても、2017年には人口62万人のボルチモアで343名が殺害されていますが、これは人口1億2千万人の日本の同年の殺人総「被害者」数の306名より数十人多い数字です。
 アメリカのストリートギャングとは、「武闘派ヤクザ」と比較することすらためらわれるような、日本には全くいないタイプの人々です。そしてその状況に至るまでには、この動画で説明されているような様々な歴史的文脈があるのです。
 
 
 この動画が当時のNYのすべてを写しているわけではありませんが、基本的にはこれが「1980年代NYのストリートギャング」です。
 『BANANA FISH』と「現実」との違いを挙げればきりがありませんが、せめて大きな部分だけは説明したいと思います。 
 
 
 
・基本的な3つの補足
 『BANANA FISH』という「創作」と「現実」との主な違いは以下の3つです。
 
 ・コルシカ人ギャングはNYにはいない
 
 ・1980年代NYのギャングは9割以上が黒人とラテン系である
 
 ・1980年代NYには「ストリートギャング」とドラッグ・クルーの2種類のギャングがいる
 
 
 それぞれ順を追って説明していきます。
 
 
 
 
・コルシカ人ギャングはNYにはいない
 『BANANA FISH』最大の敵役であるディノ・フランシス・ゴルツィネというキャラクターは、「コルシカ・マフィアのボス」(ja.wikipediaより)と設定されています。
 
 しかし、そもそも「(NYにいる)コルシカ人ギャング」とは何者でしょうか?
 
 
・そもそもコルシカ人ギャングとは
 1950年代、植民地解放の熱気に沸く西側「自由主義」世界で、地中海→大西洋間に世界最大級の麻薬密輸ルートが誕生しました。
 
 ・ケシの栽培が合法であったトルコ
       ↓
 ・旧フランス領のシリア、レバノン
       ↓
 ・フランス本国、地中海沿岸のマルセイユ
       ↓
 ・旧フランス領のカナダ・ケベック州モントリオール
       ↓
 ・世界最大の麻薬消費市場であるアメリカ合衆国・NY
 
 
 と、ヨーロッパ世界の周辺を通って北米まで達する、通称「フレンチ・コネクション」です。
 
 このルートには様々な勢力が絡んでいたものの、中核となったのは「レバノン→マルセイユ→モントリオール」を仕切っていたコルシカ人ギャングたちであり、そのためアメリカ人から「フレンチ・キス」と似たような発想で「フレンチ・コネクション」と呼ばれました。
 
 
 映画にもなった同名の実録小説『フレンチ・コネクション』は、このルートの末端に位置するNYで麻薬取り締まりに奮闘する刑事たちの活躍を描いた作品であり、劇中でも現実でもコルシカ人ギャングたちはイタリアン・マフィアがヘロイン取引を仕切るNYへと「出張」してきていただけでした。
 
 その後1970年代にフランス警察の捜査によって「フレンチ・コネクション」は壊滅、地中海→大西洋の密輸ルートは1970年代中盤~後半から本格的に始動した「ピザ・コネクション」によってイタリアン・マフィアがより高いレベルで掌握し、コルシカ人ギャングたちの組織はフランスローカルの存在へと落ちぶれていきます。歴史上彼らはNYどころかアメリカで地盤を築いたことはなく、アメリカの暗黒街史でこの時期以外に彼らの名前を目にすることはありません。
 
 
 コルシカ島は人口30数万の小島であり、人口500万のシチリア島の組織であるマフィアはもちろんのこと、ロシアン・マフィアやチャイニーズ・マフィアと呼ばれるような世界中に手を伸ばす数的能力のある犯罪者グループとは違います。地中海→大西洋ルートで常にメジャー・プレイヤーだったイタリアン・マフィアとは違い、彼らは歴史的な条件によって一時的に浮かび上がってきただけの時代のあだ花なのです。
 
 現実に即して考えるなら、ゴルツィネというキャラクターは「強力なマフィア一家のボス」ではなく、「縄張り地域を遠く離れて孤軍奮闘しているギャング」ということになります。一般的に犯罪組織は単なる強い人間ではなく、「(自分たちの中から出た)強い人間」をボスにしたがるために、多民族都市NYであっても犯罪者の世界にはよそ者がつけるような高い地位はありません。
 
 
 
・1980年代NYのギャングは9割以上が黒人とラテン系である
 主人公のアッシュ・リンクスが属する「ストリート・キッズ」のメンバーは主として白人であり、対抗組織のメンバーたちもほとんどが白人となっていますが、これは本作の中でも最も非現実的、というよりはほとんど反現実的な設定です。
 
 
 17世紀の創設から20世紀前半までの間、NYは白人の街であり、貧困地区であっても白人マイノリティーが大多数を占める街でした。しかし第二次大戦後になると、南部から黒人、プエルトリコ島からプエルトリコ人などの有色人種が大量に移民し、1970年代時点で200万人、現在では400万人以上が主としてインナーシティに居住する有色人種の街になっていきます。
 
 彼らは数の力と勢いで、それまで優位に立っていた白人マイノリティーたちを駆逐していきました。
 
 1961年の映画『ウエストサイド物語』は、イタリア系のジェッツとプエルトリコ系のシャークスの対立を描いた作品ですが、歴史的に見るとこの戦いは「シャークス側」の完全勝利に終わりました。その後イタリア系は1960~70年代を通して「ホワイト・フライト」と呼ばれる郊外移住現象でインナー・シティを脱出し、すでに1960年代中盤の時点でNYのストリートギャングの3分の2は黒人とプエルトリコ人になっていたといわれています。
 
 1980年代に入るころには「NYのストリートギャングは黒人とプエルトリコ人がほとんどである」ことが誰の目にも明らかになり、2019年では全米的に「白人ストリートギャング」は完全な昔話になっています。
 
 
 つまり当時のNYは、白人ではなく黒人とラテン系の世界、「ヒップホップの世界」だということです。当時の白人不良青少年は隅っこの方でこそこそとやっている存在にすぎず、地区にもよりますが、当時のストリートの「主役」は黒人(アフリカ系アメリカ人)、プエルトリコ人、ジャマイカ人、ドミニカ人、そして黒人優越主義者の5・パーセンターズなどでした。
 
 もっとも白人ストリートギャングは完全に消滅したわけではなく、1990年代前半には、ボナンノ一家の下部団体的なことをやっていたリッジウッド・ボーイズ/ジャンニーニ・クルーなどがクイーンズ地区で活動していました。
 
 人種構成の点で見ると『BANANA FISH』は、例えるなら「1980年代の設定なのに白人ばかりが出てくるNBA漫画」のようなものです。1940~50年代ならあり得たかもしれない話でも、1960~70年代以後は全く成り立たなくなっており、ましてや1980年代では時代錯誤な、懐古的な設定であることは否めません。「1980年代NYの白人ストリートギャング」というのは実は相当にマニアックなトピックなのです。
 
 
 
・1980年代NYで「ストリートギャング」は何を意味するのか
 主人公のアッシュ・リンクスが属するグループを始めとして、本作の不良少年グループは作中では「ストリートギャング」と呼ばれています。
 
 しかしこの「ストリートギャング」という言葉は、1980年代のNYでは少し複雑な含みがあります。1980年代NYの若年層のギャングには、大別してジャケット・ギャング(ストリートギャング)とドラッグ・クルーの2つがあるからです。
 
 
 前述のように、イタリア人の後を引き継ぐかのようにストリートギャングの主要構成民族となったプエルトリコ人は、非白人民族として反体制的な文化に共鳴する傾向のある民族でした。
 
 プエルトリコ人が1960年代後半に結成したサヴェージ・スカルズなどの新興ストリートギャングは、西海岸のバイカーギャング、ヘルズ・エンジェルズを真似てデニムの「ジャケット」を着ていましたが、彼らはこれによって1950年代のグリーサー・ギャングとの区別のために「ジャケット・ギャング」とも呼ばれるようになります。
 
 「ジャケット・ギャング」は、1970年代前半には全盛期を迎えて100団体以上に1万人以上のメンバーが存在したものの、1970年代後半には警察の捜査や流行の移り変わりなどによって大きく弱体化し、1980年代前半を通してその衰退は止まらずに、1980年代中盤を境に本格的に崩壊していきます。
 
 その空白を埋めるように、主に黒人を中心として、新種の犯罪組織である「ドラッグ・クルー」が現れて、NYでは1984~85年ごろに本格化したクラック禍に乗って強力化していきます。
 ドラッグ・クルーで最も有名な存在はクイーンズ地区のセヴン・クラウンズが溶解して現れたシュープリーム・チームであり、そのスタイルをうわべだけ真似たのがクイーンズ地区出身のラッパー、Run DMCとLL Cool Jでした。当時のNYの不良少年は犯罪志向のドラッグ・クルーと、タギング、ブレークダンス、ラップなどを(も)やる比較的健全な人々に二極化しており、過激化するドラッグ・クルーたちについていかなかった、ついていけなかった人々が1980年代のヒップホップを作ったのです。
 
 
 
・「ストリートギャング」と「クルー」の違い
 新興のドラッグ・クルーは、自分たちを「ストリートギャング」だとは考えていませんでした。彼らにとって「ストリートギャング」とは旧世代の縄張りを重視する「ジャケット・ギャング」のことであり、自分たち新世代の人間は縄張りや掟に縛られない「クルー」だと考えていたのです。
 
 1970年代のジャケット・ギャングは、どこまで行っても文化的に「シャークス」の流れをくむ過激な不良グループなだけでしたが、1980年代のドラッグ・クルーはコロンビア・カルテルのコカイン密輸網の末端に位置する本格的な犯罪者集団でした。
 両者ではファッションも全く違い、ジャケット・ギャングが安価なデニムジャケットとジーンズだったのに対して、ドラッグ・クルーの方はクラック取引の金で手に入れたゴールドチェーン、高級ブランド服やスポーツ・ギア、そして冬の街頭売りの寒さに耐えるためのティンバーランド・ブーツなどでした。
 
 こういった人々によって1980年代のアメリカ暗黒街は、1930~50年代のマフィア全盛期のアメリカですら通用していたような「大物の貫禄」や「ヤクザ者としての凄み」がまったくといっていいほどに通用しない世界となりました。
 
 
 新旧世代のメンタリティーの違いについて分かりやすく言うと、1970年代のジャケット・ギャングの世界は「たまに殺人が起こる『ビー・バップ・ハイスクール』」でしたが、1980年代のドラッグ・クルーの世界は「登場人物が全員マシンガンで武装した『仁義なき戦い』」だったといえます。どちらも作品世界のバランスが崩れるほどにありえない話ですが、当時のNYのギャングたちはちょうどそのように度を越した存在だったのです。
 ジャケット・ギャングの世界ではバットやナイフでの喧嘩が主流だったのに対して、ドラッグ・クルーの抗争では銃器による殺人が「前提」でした。大人になったら卒業するジャケット・ギャングに対して、大金を稼ぐドラッグ・クルーの人間は卒業など考えずに、そのほとんどが10代後半~20代前半で長期刑を宣告されるか殺されるかしていったのです。
 
 
 
・分かりやすく(?)日本に例えると
 この「ギャング」と「クルー」の違いは、身近な日本の例で言うと、溝口敦『溶けていく暴力団』に描かれているような、厳しい掟と上下関係を持つ「ヤクザ」と彼らが溶解して出てきたという「半グレ」の関係にも似ています。ただしドラッグ・クルーの暴力性はジャケット・ギャングよりはるかに高く、その点は暴力団の下部団体的な存在の半グレとはかなり異なった存在です。
 
 またもう1つの例で言うと、先輩後輩関係の厳しいグリーサー的なファッションの「ヤンキー」と、1980年代後半~90年代にいた横のつながりを重視する(?)アメカジ的なファッションの「チーマー」の違いにも似ています。これはあくまでもたとえですが、ドラッグ・クルー(チーマー)にとってはジャケット・ギャング(ヤンキー)はダサい存在であり、「地元」や先輩・後輩関係に縛られる気はさらさらなかったのです。
 
 当時の人間にはいろいろとこだわりがあったそうですが、世間の人間はそんなことは気にしないので、「チーマー」という言葉は廃れて、今では一緒くたにして「ヤンキー」と呼ばれています。
 1980年代の「クルー」たちがストリートギャングと呼ばれてしまっているのも同じような理由だと思いますが、「クルー」の理念は麻薬取引やギャングの世界はもちろんタギングやラップの世界でも生き残り、今でもラップ・グループで「○○・クルー」のような名前が見られるのはこの時代のNYの影響です。
 
 
 『BANANA FISH』の舞台となった1985年は、ジャケット・ギャングがクラック禍に押されて消滅していく過渡期にあたります。
 主人公のアッシュ・リンクスのグループは能動的な麻薬取引をしていないように思えますが、だとすると、実際に当時のNYのストリートにいたとするなら、人種の面でもスタイルの面でもただひたすらに時代遅れの存在なのです(不良のファッションとして微妙だというだけで、一般社会で格好いいかどうかはまた別の問題です)。
 
 ちなみに主人公アッシュ・リンクスの服装は、俗に「ホワイト・T(シャツ)、チャック・T(テイラー)、501(リーヴァイス)」と呼ばれる1950年代から2010年代まで定番の若者の恰好ですが(後者2つはほかのアイテムでも代用可)、1980年代にはすでに一般社会に浸透しきっており、「不良の恰好」ではありませんでした。
 当時のNYの白人不良少年で格好いい服装というのは、 ニューヨーク・ハードコア・バンドのToken Entryの1987年作『‎From Beneath The Streets』 のジャケット絵のような感じです。他にもファッションのスタイルはいろいろとありますが、基本的にはこういった軟派な不良風の服装が1990年代の白人キッズの標準になりました。
 何を着ているかより「何を着ていないか」、そしてスニーカーのブランドと描き分けに注目してください。
https://www.discogs.com/release/2146692-From-Beneath-The-Streets/images
 
 
 
 
 
 
・終わりに
・『BANANA FISH』を「現実のNY」に置くと?
 
 「黒人・ラテン系の圧倒的優位」
 「1980年代のNYギャング文化」
 「コルシカ人のNYでの無力さ」
 
 以上の3点を背景として考えると、この漫画のストーリーは、
 
「(黒人・ラテン系が過半数の)NY暗黒街」で、
「(ジャケット・ギャングですらない時代遅れの犯罪者・)不良グループ」が、
「(縄張りを遠く離れて頑張っている)コルシカ人ギャング」を相手として戦う
 
 という、アメリカギャング史とはほぼ無関係の、非常に隅っこの方で展開されるオルタナティヴなものとなります。
 
 この()の部分が、作中で語られている語られていないは別にして、1980年代NY暗黒街を舞台にするなら必然的についてくる「『BANANA FISH』の裏設定」です。
 逆に、もし作中でこういった要素を明確に否定する箇所があるなら、この作品のリアリティーは明確に下がります。
 
 
 
・1980年代NYを説明する難しさ
 「ジャケット・ギャング」「ドラッグ・クルー」「クラック・コカイン」……。
 こういったことについて言われてもいったい何のことやら分からないという人も多いと思います。
 
 NYの1980年代というのは混乱した時代でした。
 「夜明け前が一番暗い」の言葉通りに、21世紀の今あるような明るく安全な高級都市NYとはかなり違った場所だったのです。上掲の動画ではヒップホップを生んだ時代と言う風に総括されていますが、それだけにとどまらない多様性があったことは確かです。
 
 漫画『BANANA FISH』も、そういったNYのよくわからない魅力にひかれて執筆された「ネオン・ノワール」の1つなのでしょう。
 上掲の動画に出てくるような人々―本物のNYのストリートギャングたち―には、当時も今も、自分たちの街を舞台に極東日本の作家が漫画を描いて、それが30数年間の長きにわたって多くの人間に読まれ続けるといったことは、夢にも思わないようなことでしょう。
 
 
 最後に、やや繰り返しになりますが、筆者は『BANANA FISH』の「現実」との剥離を作品としての欠点だとは全く思っていません。
 
 かつて日本の少女漫画は、外国を舞台にして、恋愛、SF、ファンタジー、スポーツ、演劇、バレエなど多くの分野で意欲的な冒険をしていました(あるいは、います)。本作にアメリカ人作家でも厳しい題材に踏み込んだことによる「靴ずれ」があるということは、本作がそれだけ大きな冒険をしたということなのでしょう。
 
 
 
 
・主要参考文献
 上に書き連ねてきたことは、いわば「常識」なので、細かく参考文献を示すことはしません。
 このブログでは「1980年代NYのストリートギャング」そのものについての記事はありませんが、NYのギャングたちについてはいくらかの記事があるので、日本語の文章を読みたい方はそちらを読んでいただけたらより理解が深まるのではないかと思います。
 
・日本語
「BANANA FISH」
https://ja.wikipedia.org/wiki/BANANA_FISH
「ファイヤー!」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイヤー!
-フレンチ・コネクション崩壊後のコルシカ・マフィアについては、上原善広『異貌の人びと―日常に隠された被差別を巡る』に詳しい記述があります。
 
・英語
「Old Heads Tell Their Stories: From Street Gangs to StreetOrganizations in New York City.」
 -20世紀後半NYの犯罪組織を、1970年代のジャケット・ギャング、1980年代のストリート・クルー、1990年代のストリート・オーガナイゼーションに大別して、その移り変わりを解説した論文
https://files.eric.ed.gov/fulltext/ED412305.pdf
「‘Street Gangs of the Lower East Side’」
 -「The biggest rumble in the book, …」
https://www.artsjournal.com/herman/2016/09/street-gangs-of-the-lower-east-side.html
「Demographics of New York City」
https://en.wikipedia.org/wiki/Demographics_of_New_York_City

・殺人件数
1955年に2119人
https://nenji-toukei.com/n/kiji/10042/殺人事件被害者数
NYは1990年に2245人
https://nypost.com/2017/12/13/the-reign-of-terror-when-murder-was-king-of-new-york-in-the-80s-and-90s/

・フレンチ・コネクション
「The French Connection: Between Myth and Reality」
https://www.cairn-int.info/article-E_VIN_115_0089–the-french-connection-between-myths.htm
https://web.archive.org/web/20190825033727/https://www.cairn-int.info/article-E_VIN_115_0089–the-french-connection-between-myths.htm
「The (Heroin) French Connection. (Turkey-Syria-Lebanon-Marseille-NY)」
 -「The Lebanese Connection: corruption, civil war,and the International drug Traffic」からの抜粋
http://yalibnan.com/2012/11/12/the-heroin-french-connection-turkey-syria-lebanon-marseille-ny/
 
 
・備考
 本文には直接関係のないことですが、1つ重要なことを付け加えておきたいと思います。
 それは、「アメリカのストリートギャング」というのは、世界的にはかなりメジャーなトピックだということです。

 1990~2000年代の間に、1970~80年代のNYギャング文化を故郷として生まれたヒップホップ文化は世界的にユースカルチャーに欠かせないものになりました。最近の20年ほどラップはロックを抜いてビルボードのみならずに各国チャートの常連ジャンルですし、世界的にも1980年代NYでドラッグディーラーをやっていたJay-Zのようなラッパーが一流アーティストとして受け入れられています。ロックスター社のGTAシリーズが任天堂社のスーパーマリオシリーズを抜いて世界で最も売れたゲームシリーズになったという話もあります。

 一般社会に隠れて浸透した文化も多く、例えば日本の街中で時々黄色のティンバーランド・ブーツを履いている人を見ることがあると思いますが、あれも1980~90年代のギャング文化からヒップホップの世界に持ち込まれ、それが日本で「田舎で残っている都会の古い流行」的に定着したものです。

 上記で語ったような1980年代NYギャングの「現実」は多くの人間に共有された「(隠れた)常識」だということです。

 ただ、GTAシリーズのような現実的な作品がいくら巧みに「現実」を伝えることに成功しているとしても、そのことをもって非現実的な作品の価値が否定されるべきではないと思います。
 例えばGTAシリーズはロサンゼルスをモデルとした街「ロス・サントス」を細部まで作り込み、現実の流行曲をゲーム中でも使っていますが、これはゲームの「クオリティ」を高めることになっても、独自の世界観を構築することには貢献していないのではないのでしょうか。素材の味を生かすだけがいい料理とは限りません。

 「アメリカのストリートギャング」を創作で扱うのに、GTAレベルの綿密な調査が必要だとはまったく思いません。創作の世界には「無知な人間が扱うべきではないトピック」はなく、ただ「敬意を持たない人間が扱うべきではないトピック」があるだけではないでしょうか。

 前述のように筆者はこの漫画を最初の1巻しか読んでいませんが、「現実」への敬意に欠けた作品だとは感じませんでした。
 本作『BANANA FISH』は、「現実」のNYギャングたちと照らし合わせると、異様な世界観を持った漫画ということになるかもしれませんが、筆者はそのことをけして否定的にとらえてはいないということです。