アメリカ・ギャング漫画-クライム・コミックス試論
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・目次
 ・始めに
 ・クライム・コミックス試論
  ・日本漫画界との対照
  ・「ギャング漫画」の深度
 ・クライム・コミックスの歴史
  ・1930年代-ハードボイルドの誕生
   ・ティファナ・バイブル製造?
  ・1940年代前半-コミック・ブックの興隆
  ・1948~54年-クライム・コミックス全盛期
   ・クライム・「ウィル」・ノット・ペイ
  ・1954年-コミックス・コード登場
  ・沈滞期-1955~1985
   ・シルヴァー・エイジ-1956~1970
   ・ブロンズ・エイジ-1970~1985
  ・不良少年物
  ・1986~現在-モダン・エイジ
   ・インディー・コミックスの挑戦
  ・21世紀-クライム・コミックス・ルネッサンス
   ・さらば青春の光
 ・今後の課題
 ・参考文献
 ・おまけ
  ・日本漫画の中の「アメリカのギャング」
   ・始めに
   ・多数派の女性向け漫画
   ・少数派の少年漫画
   ・青年誌系
   ・日本への「ギャング」移植
   ・アメリカン・コミックスを補完する日本漫画
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・始めに
 筆者はこれまでアメリカン・コミックスには強い興味を持ってこなかった。邦訳点数が少なく、訳される作品も大半が自分の趣味から外れていたためである。
 しかしここ10年ほどは、邦訳点数の増加、インターネット上の情報の充実、さらにはIDW・パブリッシングの「The Library of American Comics」のようなコミック叢書の刊行によって、洋邦を問わずに多分にマニア的な文芸ジャンルだったアメリカン・コミックスの世界も、少しづつ部外者に開かれてきたように思われる。
 かつての名作をより手軽に読めるようになったために、今まではあいまいなものとして語られてきたかつてのコミック業界も、より鮮明な姿で立ち現れてきたのである。それに伴い、アメリカのギャングたちが描かれる「クライム・コミックス」についていくらかははっきりした姿を描くことも可能になった。
 
 しかしながら、本文で扱うクライム・コミックスの大半は単行本化など無縁の世界で、筆者も下記の作品の9割がたは読んでいないか、あるいは読んだにしても表紙か数ページだけであることを告白しておく。
 「読んでもいない作品を語る」というのは、知的には不誠実極まりないことだとは思うが、幸か不幸かかつてのクライム・コミックスはプロパー作品であり、個々の作家性が問われるような世界ではないので、作品ではなくジャンルについて語ることにも一応の正当性はあるだろう。
 
 本文はアメリカン・コミックスに描かれるギャングについて、クライム・コミックスを中心にその姿を追ったものであるが、大雑把なものにとどまり、正確な認識を約束できるものではない。
 本文はあくまで1つの試論であって、いずれより精細なクライム・コミックス論が登場することを期待したい。
 
 
 
・クライム・コミックス試論
 19世紀後半からアメリカ大衆文化の中でその存在感を増してきた「漫画」は、業界の成長とともにありとあらゆるジャンルに手を伸ばしてきたが、その中でも、カートゥーン、ユーモア、スーパーヒーロー、SF・ファンタジーなどが大当たりをつかんだジャンルといえる。客層で見るなら、そもそもは「(子どもに受けが良い)大人の娯楽」だった従来の「一般層向け漫画」に加えて、1930年代前半にディズニー社コミック部門が開拓した幼児向け漫画、1930年代後半にDCコミックスが開拓した少年向け漫画、1940年代にアレックス・レイモンドなどが定着させた青年向け漫画、1940年代後半に登場した女性向け漫画(ロマンス・コミックス)などが主な成功ジャンルだろう。
 
 その一方アメリカン・コミックスが苦手なジャンルもあり、クライム・コミックス、つまりギャングと犯罪者を扱ったコミックは、おそらくはスポーツ物と並んで最も不得意にするジャンルといっていいだろう。
 
 ただクライム・コミックスは、スポーツ物とは違い歴史的に常に人気がなかったわけではない。
 それどころか、クライム・コミックスは1940年代後半から1950年代初頭にかけて主要ジャンルの1つとなるほどに人気があったが、ホラー・コミックスと並んでその過激な表現が問題視され、1954年のコミックス倫理規定委員会によるコミックス・コード施行によって、半強制的に消滅させられたジャンルなのである。
 
 コミックス・コードの影響の程度については様々な意見があるが、少なくとも一般的な了解としては、クライム・コミックスは大打撃を受け、犯罪者を主人公とする「実録漫画」はほぼ息を止められたといっていいだろう。
 しかし、コミックス・コードで大打撃を受けた主要3ジャンルのうち、猟奇表現のホラー・コミックスは規制が緩和された1970年代前半には復活し、性表現のロマンス・コミックスは1970年代後半まで一定の人気を保っていた。反社会的表現のクライム・コミックスのみが規制で受けたダメージから長らく立ち直れず、コミック界の日陰者であったどころか、一部の例外を除いて30年以上まともに作品が発表されることすらなかったのである。
 犯罪はアメリカ娯楽文学の主要テーマの1つであるために、クライム・コミックスの規制によってこのテーマを深められなかったことは、20世紀後半のアメリカン・コミックスの「停滞」の象徴といってもいいだろう。
 
 
・日本漫画界との対照
 第二次大戦後に漫画文化が大きく花開いた日本では、ヤクザ物・不良少年物もそれ相応の数が存在してきた。その豊かな歴史をここで詳細に追うのは困難だが、一般論としては、ヤクザ物は映画的表現を取り入れた青年劇画、不良少年物はデフォルメされた肉体性を重視する少年漫画に多いといえる。代表的な作家としては、前者は立原あゆみや村上和彦、後者は本宮ひろ志やちばてつやなどがあげられる(このうち本宮はヤクザ物も多い作家だが、劇画の流れからはかなり外れた彼のヤクザ物は不良少年物の延長として考える)。
 
 ヤクザや不良少年を一種の義賊として扱う彼らの作品は、後述するコミックス・コード下のアメリカン・コミックス業界ではけして存在を許されるようなものではない。
 絵柄や表現方法、出版形態などと並ぶほどではないが、アウトローを敵ではなく主人公とする作品が存在するかしないか(あるいは存在しやすいかしにくいか)は、日本とアメリカの漫画文化を比較する際には重要となるポイントの1つなのである。
 この2ジャンルのアメリカン・コミックスにおいての隠れた文脈を探るのが本文の目的の1つである。
 
 
・「ギャング漫画」の深度
 本文では様々な出自の人間が犯罪に手を染める「クライム・コミックス(ノワール)」と職業犯罪者による「ギャング物」を区別しているが、これはアメリカン・コミックスでは一般的な区別ではない。
 分かりやすくするために、以下に「ギャング物」の個人的な深度を示しておきたい。
 
 1:ギャングが敵役として登場するだけのもの。
  -バットマンなど。警察・探偵物もここに入る。
 2:ギャングが主人公であるが、より大物のギャングとの対比によって相対的に善玉となるもの。
  -『ロード・トゥ・パーディション』、『ジュー・ギャングスター』など。
 3:ギャングが主人公であるが、その失墜を通して一応の道徳的教訓が説かれるもの。
  -実録系クライム・コミックスのほとんど。そもそも失敗者でなければ漫画化されない。
 4:ギャングが主人公であり、その犯罪に対して何ら罰を受けないもの。
  -原作は小説だが、悪党パーカーなど。もはや何の道徳的教訓も説かれず、ギャングという存在が否定されることもない。
 
 
 
 
 
・クライム・コミックスの歴史
 犯罪者も漫画も19世紀から存在してきたが、両者が本格的に結びついたのは20世紀もだいぶ過ぎてからのことだった。
 
 
・1930年代-ハードボイルドの誕生
 2018年現在のアメリカン・コミックスにおいての「ギャング物」およびクライム・コミックスの系譜には、その前史として小説や映画に影響されたコミック・ストリップをあげることができる。
 チェスター・グールドの『ディック・トレイシー』(1931)、ダシール・ハメット原作、アレックス・レイモンド作画の『シークレット・エージェント・X-9』(1934)、同じくアレックス・レイモンドによる『リップ・カービー』(1946)などのハードボイルド物は、半世紀以上連載が続いた長寿作品となり、その後のアメリカ漫画界での「ギャング」の描き方を方向づけるものとなった。
 
 
・ティファナ・バイブル製造?
 1930年代に流行したポルノ・コミックスの始祖ティファナ・バイブルは、実在人物や漫画キャラクターのエロティックなパロディーを売りにしていたが、そうした作品には「ミスター・プロリフィック」作のレッグス・ダイアモンドやアル・カポネのようなギャングを主人公とした作品もあった。ジョン・デリンジャーの例を見るとおそらくはポルノ作品と思われる。
 ティファナ・バイブル作家や出版者のほとんどは組織犯罪とは無縁の自営業者だったが、著作権侵害のポルノ作品をアンダーグラウンドで流通させるには法的リスクを冒す必要があり、警察を恐れないNYの大資本の業者が最大の出版者であった。
 1942年にはサウスブロンクスで推定800万冊ものティファナ・バイブルが押収されたという話もあり、「NYのギャングが製造していた」と言い切る者もいるが、どの程度かかわりがあったかは不明である。
 
 
・1940年代前半-コミック・ブックの興隆
 第二次大戦参戦前夜のアメリカの不穏な空気の中で登場したスーパーマン(1938)、バットマン(1939)などの人気によって、1940年代前半には、アメリカ漫画界の主流は新聞連載のコミックストリップから単行本のコミックブック(リーフ)へと移り変わっていた。
 この時期にはまだ若い者も多かった従軍兵士たちに娯楽としてコミックが配られ、コミック人気の上昇に一役買った。ギャングはヒーローの敵役として活躍し、中でもバットマンのジョーカーはアメリカン・コミック最大のヴィランの1人として今でも多くの人気を得ている。
 
 しかし第二次大戦の終結とともにスーパーヒーローたちの人気も急落、読者層の成長とともに、クライム・コミックス、ホラー・コミックス、ロマンス・コミックスなどより高い年齢層に向けたジャンルの人気が上がってくる。
 
 
・1948~54年-クライム・コミックス全盛期
 ポスト・スーパーヒーローコミック時代であるこの時期は、またアメリカン・コミックスのゴールデン・エイジ(1930年代後半~1950年代初頭)の終盤にもあたり、新時代につながる多くの試みがなされた。
  
 クライム・コミックス・ジャンルの先駆者であるレヴ・グリーソン出版の『クライム・ダズ・ノット・ペイ』(1942)は、架空の物語を描くだけではなく一種の実話誌として様々な「犯罪実話」を漫画化、その中には「ベイビーフェイス」・ネルソン、ジョー・マッセリア、アル・ブレイディーといったギャングたちの物語も入っていた。同誌は暴力的な描写が人気を博し、初期の発行部数は1号につき20万部だったが、戦争が終わるころには80万部にまで達していた。コミック研究家のゲラード・ジョーンズによると「初めてスーパーヒーロー・コミックと売り上げで肩を並べ、多くの青年読者を開拓した」シリーズとなったという。
 このヒットを受けて、マーヴェルの『オフィシャル・トゥルー・クライム・ケーセズ』(1947)、DCの『ギャング・バスターズ』(1947)、フォックス・シンジケート・フィーチャーズの『フェーマス・クライムズ』(1948)などの後追い雑誌も登場し、ホラー・コミックスの雄EC・コミックスもクライム・サスペンストーリーズ(1950)を刊行している。そのほかにも無数の類似誌が現れて、ジャンルの急成長に伴って、メディア報道と警察資料に基づいた実録物、刑事物、ジャーナリスト物に特化していったという。
 こうして1946年には全コミック出版点数のうち3パーセントだったクライム・コミックスの割合は、1948年には14パーセント、1951年には13パーセントと高い人気を得るようになっていった。
 
 犯罪物を描くには比較的人間感情の機微に敏感である必要があるためか、作家たちはそれ以前からのハードボイルド物の流れを受け継いだ、非カートゥーン的な作風を選択する傾向があった。
 その中ではセント・ジョン出版の「ピクチャー・ノヴェル」である、アフリカ系アメリカ人のゲイであったマット・ベイカーがペンシラーを務めた『イット・ライムズ・ウィズ・ラスト』(1950)が、現代グラフィック・ノヴェルの源流の1つであると考えられている。探偵マイク・ハマーシリーズ(1947)のミッキー・スピレーンもコミック・ブックの原作からキャリアを始めた作家である。
 狭義のクライム・コミックスではないが、探偵ものとしてはウィル・アイズナーの『ザ・スピリット』(1940)、一時は探偵マイク・ハマーシリーズに並ぶほどの人気があったという、片目に眼帯をしたシカゴの探偵が活躍する『ジョニー・ダイナマイト』(1953)も人気を集めていた。
 ほかに変わったところでは「黒人漫画」というものもあり、1947年の『オール・ニグロ・コミックス』で主人公エース・ハーレムの敵役が「ズート・スーツを着た乱暴者」だったという話がある。
 
 
・クライム・「ウィル」・ノット・ペイ
 クライム・コミックスの雑誌の多くは犯罪を扇動していたわけではなく、「犯罪は引き合わない」という道徳的教訓を読者に伝えることは忘れなかった。しかし『クライム・ダズ・ノット・ペイ』誌のタイトルが大文字の「クライム」に小さく「ダズ・ノット・ペイ」を付け加えているだけのものであることが象徴しているように、その売りはあくまで犯罪であって読者への啓蒙を売りにしたものではなかった。
 このことはレヴ・グリーソン社でも気にしていたようで、1940年代後半には表紙に警察関係者が時々登場している。例として1949年の『クライム・ダズ・ノット・ペイ』77号の表紙では、警部のフェリックス・リンチと、NYPDに当時存在していた「女子部」元部長のメアリー・サリヴァンが写真と署名付きで推薦文を書いている。
 
 この女性という点では興味深いのは、『クライムス・バイ・ウィメン』誌などが、第2次大戦中のロージー・ザ・リヴェッターや女性ヒーローを受け継ぎ、悪女の一種としてではあるが、「戦う女」を描いていたことである。肩をあらわにした美女たちがマシンガンをもって男顔負けに警察やギャングと戦うその姿は1940年代後半としては十分に先進的なものであった。
 
 しかしこの「ギャング漫画」の流れも長くは続かなかった。
 1950年代は若者の時代であり、彼らをどう善導するかについて多くの大人が頭を悩ませていた。不幸なことに当時は冷戦体制の確立とともにアメリカ国内でも赤狩りの嵐が吹き荒れており、全体主義的な世論から新奇な存在のコミックスは目を付けられやすい立ち位置にあった。
 1954年、EC・コミックスのホラー作品が引き金となったコミックス・コード制定により、その醍醐味である多くの悪所が規制され、ジャンルそのものが消滅することになる。
 
 
・コミックス・コード登場
 1954年、フレデリック・ワーサムの著書『無垢への誘惑』などに触発された団体、コミックス倫理規定委員会によって制定されたコミックス・コードには以下のような条項があった(日本語版ウィキペディア「コミックス倫理規定委員会」を抜粋し、一部を付け加えた)。
 
 ・犯罪者への共感を抱かせたり、法と正義の執行力への不信を促したり、犯罪者を模倣する願望を他人に与えるような手法で、犯罪を表現するべきではない。
 ・犯罪が描写される場合には、汚らわしく卑劣な行為として描かれるべきである。
 ・犯罪者を魅力的に描いたり、模倣する願望を抱かせるような地位を占めさせるような表現を行うべきではない。
 ・いかなるコミック雑誌も、そのタイトルに「horror」や「terror」といった言葉を使用してはならない。
 ・いかなる場合においても、善が悪を打ち負かし、犯罪者はその罪を罰せられるべきである。
 ・過激な暴力場面は禁止されるべきである。残忍な拷問、過激かつ不必要なナイフや銃による決闘、肉体的苦痛、残虐かつ不気味な犯罪の場面は排除しなければならない。
 ・警察は市民の不信を増長するような形で描かれてはならない。
 ・スラングは使ってもよいが、濫用してはならず、可能な限り正しい文法の使用を心掛けなければならない。
 
 
 一般的にこのコードの施行をもって、アメリカン・コミックスのゴールデン・エイジは完全に終止符を打たれたと認識されている。
 ワーサム博士はホラー・コミックスのみならずにクライム・コミックスについてもその有害性を告発しており、「漫画を読んで子供がギャングにあこがれるようになる」というのはより現実的な考えであるために、出版社に自主規制が受け入れられやすかったこともあるだろう。
 クライムコミックスでワーサム博士が最も問題視したのは、ジャック・コールの『マーダー、モルヒネ、アンド・ミー』(トゥルー・クライム・コミックス紙第2号、1948)であり、麻薬中毒者が女性の目に注射針を突き刺そうとするシーンが「コミックスというものの特色をよく表した、全く類を見ない」表現だと批判している。
 
 上記の条項に加えて、「クライム」の単語を雑誌名に使うことも規制されたために、クライム・コミックスはジャンルとしてはほぼ消滅した。ジャンルの代表格だった『クライム・ダズ・ノット・ペイ』は1955年に147号をもって廃刊となった。主要ライターであったボブ・ウッドはその後酒浸りの人生を送って1958年には女性殺害で3年の刑を宣告され、刑務所を出て1年たった1962年には借金の問題によって何者かに殺害されている。
 
 こういった表現規制が、クライム・コミックスを消滅させたのみならずにアメリカン・コミックス全体の文芸ジャンルとしての発展を阻害し、その商業的規模を中長期的に衰退させたことは言うまでもない。
 もっとも、コミックス・コードばかりがクライム・コミックス衰退の原因ではなく、早くも1953年にはその市場シェアは全盛時の半分の6パーセントへと落ち込んでいた。ダン・スティーブンソンの調査によると、1948~54年のコミックス出版点数17873点のうち、クライム・コミックスは10パーセント以下の1500点ほどであったという。
 対照的にロマンス・コミックスは、1950年には全コミック出版数の27パーセントを超えるなど、はるかに高い人気を誇っていた。このジャンルの人気は1970年代後半まで続き、ホラー・コミックも1970年代には息を吹き返している。
 
 クライム・コミックス消滅の原因は、複合的なものと考えたほうがいいだろう。
 完全な消滅の原因はコミックス・コードだろうが、その後長らく復活できなかったことは、1959年の「アンタッチャブル」などの犯罪をテーマにしたTVドラマの影響が大きいと思われる。コミックス・コードが強い力を持っていた間に、ギャング・不良物を好むような客層が漫画から離れてTVへと移り切ったのである。
 
 
・沈滞期-1955~1985
 コミックス・コードの導入、クライム・コミックス自体のバブル崩壊、そしてテレビという新メディアの登場などが重なってクライム・コミックスのジャンルが消滅したことにより、アメリカ漫画界に登場するギャングたちは長期の沈滞期へと突入した。
 コミック・ストリップではかつての名作が長期連載化し、SF、ユーモア、西部劇などの定番ジャンルへの敵役としての登場は続いていたが、猟奇犯罪者と並んで反社会的なギャングたちにはもはや一冊の主役を張ることは許されず、まさに冬の時代が到来したのである。
 
 
・シルヴァー・エイジ-1956~1970
 1956年からはアメリカン・コミックスのシルヴァー・エイジが到来、スパイダーマン(1962)やX-メン(1963)のような新時代のヒーローが登場してくる。ファンタスティック・フォー(1961)にはマンハッタン・ダウンタウンを根城とするヤンシー・ストリート・ギャングが登場している。
 
 コミックス・コード施行下においても、1960年代後半からは若手作家によるアンダーグラウンド・コミックが気を吐いたが、かつてのEC・コミックスおよびその後継的存在のMAD誌に影響を受けているとはいえ、その題材は前衛的・ヒッピー的なものが主流であり、現実の裏社会に目を向けたものは少なかった。
 このムーブメントは、LAパンク・シーンの立役者の1人であり、パンク・アートに多大な影響を与えたゲイリー・パンターを生んでいる。
 
 アメリカ国外の状況を見るなら、カナダはすでに1949年にクライム・コミックスを違法化しており、1955年にはイギリスでも有害出版物条例が議会を通過していた。カナダでは法律自体は現在でも生きているという。
 1964年にはイギリスのバスター誌に19世紀の盗賊チャーリー・ピースを題材としたコミック・ストリップが掲載されている。
 イギリス以外のヨーロッパ各国にはそれぞれ独自の漫画文化があるが、クライム・コミックスという点ではアメリカに大きな影響は与えていないようである。
 
 
・ブロンズ・エイジ-1970~1985
 1970年代に入るとコミックス・コードも緩まり、ホラー・コミックの人気は復活したが、クライム・コミックスの人気は戻らずに、ジャンルをよみがえらせようとする試みもなかった。
 かつてはアレックス・レイモンドやミルトン・キャニフが流麗なアートで犯罪者やアウトローたちを描いていたアメリカ漫画界であるが、新時代の作家たちは新時代のギャングたちに対応するアートを生み出すことができずに、それに伴って同時代の社会問題についての鋭敏な感覚も失われていった。
 この時期の唯一目立ったクライム・コミックスである『イン・ザ・デイズ・オブ・モブ』(1971、DC)は、ベテランのジャック・カービーが禁酒法~大恐慌時代のギャングたちを描いた作品であったが、1950年代には20年前だった彼らの話も1970年代にはもはや40年前のことであり、現実のアメリカ暗黒街というものを考えると、ノスタルジックな雰囲気は否めなかった。
 
 1975年にはストリートギャング、ハーレム・ローズのメンバーだった(異説あり)というトム・スキナー牧師を題材とした『アップ・フロム・ハーレム/Up from Harlem』が描かれている。刊行元のスパイア・クリスチャン・コミックス社は当時の有名実録作品である『十字架と飛び出しナイフ』もコミック化している。
 
 アメリカン・コミックス全体を見ると、この1970~1985年までの期間はブロンズ・エイジと呼ばれ、スーパーヒーローたちはただサーカス的な服装のヴィランと戦うのではなく、都市貧困や麻薬の問題に取り組み始めている。
 しかしSF・ファンタジー世界に浸かった作家たちと世間とのずれは深刻だったようで、10年単位で激変するアメリカ・ギャング界を的確にとらえた作家はかなりの少数派と思われる。例として1985年のスパイダーマン「Peter Parker, The Spectacular Spider-Man Annual #5」には、時代を20~30年ほど間違えたかのようなストリートギャング、ドラゴンズが登場している。
 
 
・不良少年物
 以上のように、犯罪物にはある程度の歴史があるアメリカン・コミックスだが、一方いわゆる不良少年物には、まともに文脈を見いだせない。第二次大戦後にはやった少年向けの軟派な日常物の一つの源流として、アーチー・コミック(1941、会社設立は1939)をかろうじてあげられるのみである。
 
 1950年代のロックンロールやグリーサー文化もコミック界への影響は目立ったものがない。
 その世代が成人して創作者としてコミックに関わり誕生した、上記アーチー・コミックの登場人物たちが組んだバンド、ザ・アーチーズ(1968)、わずか数号の出版で終わった『グリーサー・コミック』(1971)、『グリース』(1978)の冒頭アニメ、ラルフ・バクーシの劇場アニメ『Hey Good Lookin’』(1982)などがあげられるのみである。
 1960年代のアンダーグラウンド・コミックスも、不良少年が題材であることは少なく、少年読者がどの程度いたかもわからない。
 
 1970年代初頭には、ギターを背負いながらバイクに乗ったヒーローの活躍を描く、『ジェーソンズ・クエスト/Jason’s Quest』が刊行されている。1976年創刊のイギリスのアクション誌には『キッズ・ルール・OK!/Kids Rule OK!』が掲載され、1986年の治安が崩壊したロンドンを描いて物議をかもした。
 しかしいずれも好事家に喜ばれたのみで、連載は長くは続かずに、コップの中の嵐どころかさざ波にすらならなかった。
 
 1980年代にも不毛な状況は変わらず、あえて言うならば、NYの地下下水道を根城に活動する『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』(1984)が、イタリア系ストリートギャング的である、とはいえる。DC・コミックは1983年にバイカー・イメージのキャラであるロボを登場させている。
 
 1990年代からその影響が顕在化した日本の「MANGA」も、このジャンルではほとんど影響力を持っていない。日本では1980~90年代にかけて定番の売れ筋ジャンルの1つではあったが、翻訳されて売れた作品、触発されて現地の作家が描いた作品、ともに存在は確認できない。
 厳格でぎこちない性倫理によってアメリカン・コミックスに不足しがちな「ソフトなラブコメディ物」を補完している、いわゆる「萌えジャンル」も、主人公の素性を問うなら、永井豪が描いていたような軟派な不良少年物の流れをくむところがあるが、それが北米ではどう受け入れられたかは別の話になる。
 
 2015年に話題となったウェブコミック、『ロック・アンド・ライオット』(Rock and Riot)は、対立する2つの少女ギャングの物語をLGBTQテーマを絡めて描いている。
 
 
・1986~現在-モダン・エイジ
 スーパーヒーローたちがより身近な存在となったシルヴァー・エイジ、神話的な存在だった彼らがどことなく錆び始めてきたブロンズ・エイジを経て、アメリカン・コミックスは、1986年ごろから新時代「現代」に突入することになる。
 『ウォッチメン』(1986)、『バットマン:ダークナイト・リターンズ』(1986)などの暗鬱な作品によって始まったこの時代は、またの名をダーク・エイジと呼ばれ、アラン・ムーアの『フロム・ヘル』(1989)、フランク・ミラーの『シン・シティ』(1991)、デヴィッド・ラファムが自費出版した『ストレイ・バレッツ』(1995)など人間の暗黒面に着目したネオ・ノワール作品が多く登場してきた。
 しかしそのダークさは、日本の一部ヤクザ漫画にあるような犯罪者賛美、犯罪組織擁護の方向へは行かず、その登場人物たちの精神的祖先はクライム・コミックスの強盗たちではなく、ホラー・コミックスの猟奇犯罪者であった。
 ゴッサム・シティ有数のギャングスターでありながら、その精神的異常性ばかりがしばしばクローズアップされるバットマンのジョーカーなどはその好例である。
 
 
・インディー・コミックスの挑戦
 1993年にはインディペンデント系のエクリプス・コミックス社が『トゥルー・クライム・コミックス』誌を発行して、ジョン・ゴッティを主人公とする挑戦的な作品などを掲載してジャンルの復権を図るも失敗に終わり、1995年には破産している。
 白土三平や士郎正宗の翻訳版を刊行しているこのエクリプス社では、ネイティブアメリカンのガンマンが活躍する『スカウト』(1985)、男装の麗人(?)フランセスが活躍する『ファッション・イン・アクション』(1986)、中国人の殺し屋を描いた『ドラゴン・チアン』(1991)や『マッド・ドッグス』(1992)などがハードボイルドな作品として知られていた。
 
 
 
・21世紀-クライム・コミックス・ルネッサンス
 1970年代後半からは、ジョージ・メッツガーの『ビヨンド・タイム・アンド・アゲイン』(1967)、リチャード・コーベンの『ブラッドスター』(1976)、ジム・ステランコの『チャンドラー:レッドタイド』(1976)などの作品によって、アートもストーリーもより高年齢層に向けた新ジャンル、グラフィック・ノヴェルが確立することになる。
 
 従来のコミック読者層の壁を破って一般読者層にも受け入れられる作品を目指したグラフィック・ノヴェルには、一般小説と似通った題材を選ぶ傾向があるために、アメリカ小説界の売れ筋の1つである犯罪物も登場、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(1997)、『ロード・トゥ・パーディション』(1998)、『100・バレッツ』(1999)などが名作として高い評価を受けている。
 
 この時代になると、アメリカ漫画界というものも相当に複雑化してきており、作品主義の浸透に伴って、作画・脚本が影響を受けた作品や、その位置する文脈は1作ごとに非常に多彩になっている。
 時間・空間において「アメリカン・コミックスの中のギャング」を見渡すのは困難となっているわけだが、ただ1つ言えるのは、21世紀に入ってクライム・コミックスは小規模ながらも一種のルネッサンスを迎えているということである。
 
 
 とてもかつてのような売れ筋ジャンルになったとはいえず、出版点数もけして多くはないのだが、その中では、ブラックエクスプロイテーション映画に影響された『エンジェルタウン』(2005)、名匠ジョー・クーバートの『ジュー・ギャングスター』(2005)、IDW・パブリッシングから出版されたダーウィン・クックの筆による悪党パーカー(2009)などが注目に値する作品である。
 
 クライム・コミックスの正統な後継者といえる実録物の出版も再び始められ、犯罪ジャーナリストのセス・フェランティ(Seth Ferranti)のGR1ND Studiosは、1980年代NYのドラッグ・クルーであるシュープリーム・チームのコミック、『シュープリーム・チーム/Supreme Team』(2015)や自伝を漫画化した『コンフェッション・オブ・ア・カレッジ・キングピン/Confessions of a College Kingpin』(2016)をはじめとして、ラッキー・ルチアーノ、デトロイトのホワイトボーイ・リックなどの漫画化に取り組んでいる。
 そのほかには、1970年代NYのストリートギャング、ゲットー・ブラザーズのベンジー・メレンデスの自伝を漫画化した『ゲットー・ブラザー:ウォーリアー・トゥ・ピースメーカー/Ghetto Brother: Warrior to Peacemaker』(2016、原作2014)がある。
 
 クライム・コミックスは長い沈黙期間を経て、再生の時に入っている、失われたシルヴァー・エイジを取り戻しつつあるといえるのではないか。
 コミックス・コードはアウトローたちの孤独な誇大妄想、犯罪者たちの邪悪な激情、あるいは犯行後何十年も続く被害者の苦痛、そういったものを描く機会をコミック作家から奪い去ってしまった。
 クライム・コミックス・ルネッサンス初期の作品であるジョン・ワグナーの『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(1997)の物語、その結末部分における少年時代に別れた友人の残酷かつ都市伝説的な姿は、ワーサム博士の妄説の犠牲となり、日の当たらぬ場所に押し込められ、世間からも忘れられたクライム・コミックスそのものの姿を暗示したものではないだろうか。
 
 
 
・さらば青春の光
 現在のクライム・コミックスはコミックス・コードのくびきを脱して、遅まきながらも着実に、成熟への道を歩んでいるように思える。
 
 その1つの例として、不良少年物の萌芽がある。
 
 本文では「アメリカン・コミックスには不良少年物はほとんど存在しない」というアメリカン・コミックスファンには自明の結論に達したが、これは「コミックス・コードがなければ(もしくはかいくぐって)不良少年物が存在していたのではないか」との仮定に基づいて不良少年物を探した結果である。
 
 もちろん1950~90年代の作品に不良少年物を見つけることはできなかった。
 しかし例えば、近年のアメリカン・コミックス界の文芸的成熟によって出版機会を得た、ヘルズ・エンジェルズのフィル・クロスが原作を務めた『ルシファーズ・ソード・MC/Lucifer’s Sword MC』(2015)などは、本来であれば1960年代のバイカー・ムービー全盛期に描かれていてもおかしくなかった、まさに不良少年向けの作品である。
 同じことは前述の『ゲットー・ブラザー』にも言え、2016年には「過去を懐かしむ中高年の思い出話」になっているが、1970~80年代に描かれていたなら「都会の不良の熱い武勇伝」となっていたはずなのである(メレンデスは2017年に65歳で死去している)。
 
 そしてこれらの作品は、小説『アンボイ・デュークス』(1947)や映画『暴力教室』(1955)のような同時代の不良の教科書にはなれなくとも、ロバート・デ・ニーロが昔を懐かしんで作った『ブロンクス物語』(1993)のように、年月によって美化された彼らの姿を後世に伝える役割はきちんと果たしている。
 いわば不良少年物は、1950年代に生まれるはずだったクライム・コミックスの子供であったのだが、しかしけして流産になったわけではなく、ただほんの少し長く母胎にいただけだということをこれらの作品は示しているのである。
 
 日本漫画界においては、ヤクザ物と不良少年物の関係は現実を反映し、ある意味では「父子的」と呼べるような関係にある。
 そのことを考えるなら、まさに21世紀に入り、アメリカン・コミックスの異端児クライム・コミックスは、やっとのことで不良少年物という息子を得て、その苦々しい青春に別れを告げているところだといえるだろう。
 
 
 2018年9月にはアメリカン・コミックスの「市場規模は10億ドル(約1,121億円)」に達したと報道されており、アメリカの漫画家たちが「ギャング」という題材でどのような作品を生み出すか、今後も注目していきたい。
 
 
 
 
 
・今後の課題
 ・アメリカン・コミックスには「不良少年物」は本当にないのか
 ・シルヴァー・エイジおよびブロンズ・エイジには同時代のギャングたちはどう扱われたか
 
 
 
 
 
 
・参考文献
・「アメリカ・ギャング漫画ークライム・コミックス試論」参考文献
・「1930年代-ハードボイルドの誕生」
『シークレット・エージェント・X-9』
https://en.wikipedia.org/wiki/Secret_Agent_X-9
『リップ・カービー』
https://en.wikipedia.org/wiki/Rip_Kirby
・「ティファナ・バイブル製造?」
『ティファナ・バイブル』
https://en.wikipedia.org/wiki/Tijuana_bible
ジョン・デリンジャーが主人公のティファナ・バイブル作品
http://www.pulpinternational.com/pulp/entry/Tijuana-bible-entitled-A-Hasty-Exit-starring-John-Dillinger.html
「NYのギャングが製造していた」
ttps://www.youtube.com/watch?v=H0thTv5ibII
・1940年代-クライム・コミックス全盛期
ゴールデン・エイジ
https://en.wikipedia.org/wiki/Golden_Age_of_Comic_Books
クライム・コミックス
https://en.wikipedia.org/wiki/Crime_comics
『クライム・サスペンストーリーズ』
https://en.wikipedia.org/wiki/Crime_SuspenStories
『オール・ニグロ・コミックス』
https://en.wikipedia.org/wiki/Portrayal_of_black_people_in_comics
『イット・ライムズ・ウィズ・ラスト』
https://en.wikipedia.org/wiki/It_Rhymes_with_Lust
クライム・コミックス一覧
http://comicbookplus.com/?cbplus=crime
クライム・コミックスのファンサイト「クライムボス」
http://www.crimeboss.com/index.shtml
クライム・コミックス衰退の真実
http://www.crimeboss.com/history01-1.html
クライム・コミックスの盛衰
https://crimereads.com/the-rise-and-spectacular-fall-of-midcentury-crime-comics/
1949年のクライム・ダズ・ノット・ペイ77号
https://digitalcomicmuseum.com/index.php?dlid=18737
20世紀中盤のクライム・コミックス
https://crimereads.com/the-rise-and-spectacular-fall-of-midcentury-crime-comics/
ボブ・ウッドの生涯
https://www.lifedeathprizes.com/real-life-crime/crime-does-not-pay-comic-16519
「グラフィック・クライム・フィクション」
https://www.crimeculture.com/?page_id=1463
「The 100 Pages That Shaped Comics」
 -True Crime Comics No. 2 (1948)とIt Rhymes With Lust (1950)とについて。
https://www.vulture.com/article/100-most-influential-pages-comic-book-history.html
「ARCHIVED – Crackdown on Comics, 1947-1966」
 -カナダでのクライム・コミックス規制について。
https://www.collectionscanada.gc.ca/comics/027002-8400-e.html
「Johnny Dynamite」
http://www.thrillingdetective.com/dynamite.html
・沈滞期-1954~1985
コミックス・コードの条項は大部分をここから引用
https://ja.wikipedia.org/wiki/コミックス倫理規定委員会
カナダのクライム・コミックス禁止はもちろん有名無実である
Did you know comic books depicting crime are illegal in Canada?
『チャーリー・ピース』
https://en.wikipedia.org/wiki/Charlie_Peace_(comics)
『ヤンシー・ストリート・ギャング』
https://en.wikipedia.org/wiki/Yancy_Street_Gang
『ドラゴンズ』
http://marvel.wikia.com/wiki/Dragons_(Street_Gang)(Earth-616)
2018年10月現在、en.wikipediaの「Crime_comics」の「Post-Golden Age crime comics」の項はヨーロッパおよび日本の作家への記述が3分の1ほどをしめている
https://en.wikipedia.org/wiki/Crime_comics
『シルヴァー・エイジ』
https://en.wikipedia.org/wiki/Silver_Age_of_Comic_Books
『ブロンズ・エイジ』
https://en.wikipedia.org/wiki/Bronze_Age_of_Comic_Books
『イン・ザ・デイズ・オブ・モブ』
http://www.tcj.com/reviews/in-the-days-of-the-mob/
『アップ・フロム・ハーレム』
http://newyorkcitygangs.com/?page_id=2005
・不良少年物 アーチーがポップ・コミックに登場したのが1941年 https://www.vox.com/culture/2017/1/26/13149304/archie-comics-riverdale-evolution
グリーサーコミック
https://comixjoint.com/greasercomics.html http://hairygreeneyeball.blogspot.com/2009/05/greaser-comics.html
『ゲイリー・パンター』
https://en.wikipedia.org/wiki/Gary_Panter
『ジェーソンズ・クエスト』
http://bronzeageofblogs.blogspot.com/2016/07/jasons-quest.html
『キッズ・ルール・OK』
https://bronzeageofblogs.blogspot.com/2009/04/action-presents-kids-rule-ok.html
『ロック・アンド・ライオット』
https://www.autostraddle.com/drawn-to-comics-rock-and-riot-the-queer-50s-high-school-girl-gang-webcomic-that-you-need-to-read-now-285451/
・1986~現在-モダン・エイジ
「グラフィック・ノヴェル」。日本版wikipediaの方は相変わらず要領を得ない
https://en.wikipedia.org/wiki/Graphic_novel
・「エクリプス・コミックス」
『スカウト』
https://totaleclipse.blog/2018/03/30/1985-scout/
『ファッション・イン・アクション』
https://totaleclipse.blog/2018/05/08/1986-fashion-in-action/
『ドラゴン・チアン』
https://totaleclipse.blog/2018/09/08/1991-dragon-chiang/
『マッド・ドッグス』
https://totaleclipse.blog/2018/09/24/1992-mad-dogs/
『トゥルー・クライム・コミックス』
https://totaleclipse.blog/2018/10/04/1993-true-crime-comics/
「リベラルのためのファシズム」。ヴィジランテ映画、グラフィック・ノヴェル、そしてNYHCを1980年代の時代の空気の中に関連付けた興味深い記事
http://literarytrebuchet.blogspot.com/2015/12/fascism-for-liberals-vigilantism-and.html
・「21世紀-クライム・コミックス・ルネッサンス」
『ヒストリー・オブ・バイオレンス』 https://en.wikipedia.org/wiki/A_History_of_Violence(comics)
『エンジェルタウン』
https://en.wikipedia.org/wiki/Angeltown_(comics)
シュープリーム・チームのコミック
https://www.gorillaconvict.com/2015/08/supreme-team-comic/
ルネッサンスの主要作品
https://www.mulhollandbooks.com/guest-posts/a-history-of-and-appreciation-for-crime-comics/
傑作5冊
https://litreactor.com/columns/5-comics-every-crime-writer-needs-to-read
「米国のコミック出版が大盛況! 劣等感まみれの「ファン文化」の底力」
https://wired.jp/2018/09/19/comics-inferiority-complex/
 
 
 
 
 
 
 
・おまけ
・日本漫画の中の「アメリカのギャング」
・始めに
 2018年10月現在、日本語「クライム・コミックス」で日本版グーグルを使って検索すると、作品論・ジャンル論どころか、一見しただけではアメリカにそういうジャンルが存在するということすらわからないような検索結果が返ってきている。
 これは漫画大国日本としては情けない限りだが、アメリカ本国でのクライム・コミックスの実情を考えると仕方のないことかもしれない。
 一方で下記の作品群を検索すると、おそらくはここ数年のウェブサービスの終了の影響だろうが、個人のレビューサイトがほとんど見つからずに商業サイトの宣伝ばかりが引っかかってしまっている。日本人の作品ながら日本語の書評が不足するという、深刻な情報の枯渇であって、再評価の時を待っている数知れずの無名作品には喜ばしい状況ではない。
 
 上のほうで筆者はアメリカンコミックスには詳しくないと書いたが、かといって別に日本漫画に詳しいわけでもない。ただこういう状況はあまり好ましくないので、多彩な作品を「アメリカのギャング物」というラベルで統一し新たに1つの文脈を提示することを意図して、あえてここに「ジャンル」史を書いておく。
 
 
 アメリカから様々な影響を受けてきた戦後の日本社会、日本文芸界、そして日本漫画界では、純粋に悪の象徴にできるギャング・マフィアは、敵役としては散見されてきたが、しかし異人種・異民族への感情移入の難しさのためか、主人公に据えたものはほとんどなかった。
 
 敵役としてのギャング・マフィアの系譜を追うのは非常に困難なので、ここでは彼らを主人公にした少数の作品に焦点を当てる。本文と同じく作品論ではなくジャンル論なので、多少あるだろう間違いは大目に見てほしい。
 
 
 
・多数派の女性向け漫画
 2018年現在でギャング・マフィアが最も(男)主人公として登場する機会が多いのは、一般向け少女漫画、ティーンズラブ、ボーイズラブ、ハーレクインなどの読者層の主要ターゲットを女性に絞ったジャンルであり、ヒロインの相手役として読み切りや1冊完結作品への登場が中心となっている。もっとも初期のものとしては、西谷祥子の『ギャングとお嬢さん』(1970)がある。
 
 ギャング・マフィアがいつごろから、どのように、女性向け漫画のヒーローの一種として定着したのかは不明なのだが、おそらくは1980年代後半以降と思われ、その源流の1つと推測されるのが、1980年代NYのストリートギャングを描いた吉田秋生の『BANANA FISH』(1985)である。本作の系譜は伝統的な少女漫画と大友克洋経由の乾いたアートの青年漫画に分けられるが、この少女漫画と青年漫画の「血筋」のせめぎあうさまは本作及び後続作品の見どころの1つと思われる。
 また本作は「外国人を主人公にした不良少年物」としても画期的で、2018年の今に至るまで少年・青年漫画ではまず見ない設定である。本作単体に影響された作品の名前を挙げるのは難しいが、直接的にはやはりNYのストリートギャングを題材とした、石原理の『カリスマ』(1992)、由良環の『Blood』(1997)、定広美香の『アンダーグラウンドホテル』(2003)などが影響を受けていると思われる。近年では梶本レイカの『ミ・ディアブロ』(2010)などがある。
 
 この女性向け/ライト・ハードボイルドの系譜は21世紀に入っても廃れずに、アニメ・マンガ等の女性ファンの増加に伴って影響力を拡大、成田良悟のライトノベル『バッカーノ!』(2003、アニメ2007)、Tennenoujiのボーイズラブ系アダルトゲーム、『ラッキードッグ1』(2009、漫画2011)などが禁酒法時代のアメリカのギャングたちを主人公として好評を博している。オトメイトの『デス・コネクション』(2009)、Poni-Pachet SYの『OZMAFIA!!』(2013)などの恋愛アドベンチャーゲームも、イタリア本国ながらマフィアを題材としている。
 
 内容的に一歩踏み込んだものに、鏑木ひろ監督のアニメ、『91Days』(2016)があるが、作品としては過去の暗黒街を描くことの難しさ、娯楽としては暴力の快感を地上波アニメで表現することの難しさなどが重なり、「『ゴッドファーザー』『ワンスアポンアタイム』『ブレイキングバッド』などを参考」(ja.wikipediaより)にした成果が十分にあったとは言えなかった。挑戦自体は高く評価したい。
 
 こういう青少年の裏社会を描いたジュブナイルアニメの隠れた系譜には、ミラノの児童労働者を描いた『ロミオの青い空』(1995、原作「黒い兄弟」1941)がある。
 
 
 
・少数派の少年漫画
 このように少女漫画やADVゲームのヒーロー役としては一定の地位を占めているギャング・マフィアだが、一方その逆の、少年漫画の女性ヒロインがギャング・マフィアもしくはその娘というパターンはかなり珍しく、古味直志の『ニセコイ』(2011)のヒロインが「ギャング「ビーハイブ」のボスの娘」(ja.wikipediaより)である、程度の例しか見当たらなかった。「ヤクザの娘」ならそこそこいると思われる。マフィアを主人公にしたものには、『ジョジョの奇妙な冒険』第5部「黄金の風」編がある。
 
 上記女性向けジャンルと比較対照するなら成人向け漫画も入るだろうが、「女ギャング・マフィア」との性行為を描いた作品が1ジャンルになっているとの話は聞かず、やはり希少な存在であると思われる。
 その一方で、より予算がかかり作家性も低くなるだろうアダルトゲームのオルタナティブな支流にはハードボイルド物があり、ニトロプラスの『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』(2000、アニメ2004・2009)が高い評価を受けている。
 
 
・青年誌系
 日本漫画へギャング・マフィアの登場する割合は間違いなく青年漫画が一番多く、十中八九がルパン三世やゴルゴ13のようなアクション作品の敵役としての登場と思われる。しかし、メディアに対してかなりオープンだったヤクザとは違い、マフィアは取材や資料集めも難しいために、ギャング・マフィア物を深く描く作品は少なく、人種的理由で感情移入も難しいために主人公として選ばれることも少なかった。
 
 この主人公の選択で斬新だったのが、園田健一の『ガンスミスキャッツ(1991)』である。主人公のインド系女性バウンティ・ハンター、ラリーには、遠くはパム・グリア(黒人)のコフィー(1973)、そしてそれに続くハリウッド映画の黒人ヒロインたち、近くは士郎正宗の『アップルシード』(1985)や同時期のOVA群のような女性主人公のアクション作品、アニメの『ふしぎの海のナディア』(1990)などの影響元が考えられるが、いずれにせよインド系女性が主人公の漫画というのはかなり珍しく、冒険心が良い結果を生んだ一作となっている。
 アクション洋画をやわらかい絵柄で描いたこの路線には、ほかに伊藤明弘の『ワイルダネス』(2000)、広江礼威の『BLACK LAGOON』(2002、舞台はタイ)などがある。
 
 より劇画的な作品としては、『RAINBOW-二舎六房の七人-』の作画を務めた柿崎正澄の『GREEN BLOOD-グリーン・ブラッド-』(2011)がある。19世紀NYのストリートギャングを描いた意欲作だったが、アメリカの作家が描いても難しい題材を描き切るのは厳しかったようで、西部劇的な雰囲気の作品となってしまっていた。
 
 
 
・日本への「ギャング」移植
 海外を舞台にした作品とは逆転の発想で、日本を舞台とした異世界的近未来物の一種として、日本をアメリカに見立ててその中で「ギャング」を活躍させるものがある。アメリカ犯罪文化の翻訳は不良少年と近代ヤクザの一大命題であるが、その手探りで不格好な過程をすっ飛ばして「直訳」するタイプの作品である。
 
 通常は日米両国の国情の差は文化をローカライズする際には大して気にされるものではないが、ポスト・ストリートギャング文化のヒップホップを日本人が受容する際にはかなりの障害となった。
 1990年に2245人が殺害されたNYは、戦後最悪の1955年ですら「全国で」2119人が殺害されたにとどまった日本とは相当に異質な世界であり、サウス・ブロンクスの殺伐とした世界観を東京に馴染ませるにはかなりの苦労が必要だったのである。
 
 その苦労の1つである井上三太の『TOKYO TRIBE』(1993)は、日本漫画がヒップホップをどう受容したかの具体例だが、グラフィティ、DJ、ブレイクダンスを題材にしていれば映えただろうそのサブカル的絵柄も暴力沙汰を描くには迫力不足であり、舞台が日本ならなおさら、その悪漢たちが何をしようが弱々しく映った。ただ上述のように、日本語ラップ人脈にはアメリカ現地の強面な世界を避けてヒップホップ文化を輸入しようとしていた時期があり、そういう90年代前半の牧歌的な雰囲気を楽しむには良い作品ではある。
 
 一方で、東本昌平の『キリン』(1987)「RUN THE HAZARD」編は、日本版バイカーギャングの盛衰を描いて、かなりうまいところをついていた。
 1970~80年代の日本暴走族には常に「一生ゾクをやる」という見果てぬ夢があったが、それを非現実的になりすぎずバイカーギャングにつなげた作品であり、アメリカに微妙に別の形で影響された「もう一つの日本」を熟考して描いた作品だった(バイカー「クラブ」自体は1960年代からある)。
 「ありえた可能性を描く」主な意味は夢の供養だろうが、本作はまた「日本においてヤクザ以外のアウトロー組織は可能か」という多くのクライム・アクション漫画が突き当たるテーマにも一瞥をくれており、ヤクザと関わりすぎたあるメンバーの結末は考えさせるものがある。
 日本を舞台にした作品に架空の犯罪組織を登場させる作家の多くはハリウッド映画に安易に影響されたのだろうが、どういう土壌がその犯罪組織を存続可能にしているのか、程度は考えてほしいものである。
 
 
 
・アメリカン・コミックスを補完する日本漫画
 アメリカの漫画家がほとんど描かないような題材に、日本人作家があえて描く意義を見出し情熱を傾けた上記の作品たちには、意図せずして、コミックス・コード下でアメリカの暗黒面を描くことを規制されたアメリカン・コミックスを補完する役割もあるといえる。
 
 例えば『BANANA FISH』が題材とする「1980年代NYのストリートギャング」というのは、それなりに大きなトピックなのだが、セス・フェランティの『シュープリーム・チーム』(2015)以前にアメリカで主題になったコミックを見たことがない。
 ガンスミスキャッツもコフィーのオマージュとしてはありそうなネタだが、しかし1970~80年代アメリカのコミック・アニメ界では類似作品はなく、21世紀に入って『ブラック・ダイナマイト』(2011)がやっと出てきたところである。
 『GREEN BLOOD-グリーン・ブラッド-』にいたっては、スチームパンクなどのネタなしに19世紀NYのストリートギャングを描いた作品はこれが唯一ではないか。
 
 「犯罪者」の苦闘は人種も宗教も問わず、それにひかれる作家たちの熱情も同様である。
 アメリカ暗黒街を舞台に物語を創作し、そこに住む犯罪者たちの苦悩や喜びに思いをはせることによって、こうした東洋の島国の漫画たちは、ある意味ではクライム・コミックスの義理の子供となっているのである。
 
 
 戦後日本漫画は民主主義国家の表現の自由の尊重の下で繁栄し、架空のアウトローを描いた作品に加えて、「○○組×代目 侠客□□の半生」のような漫画が出版されるまでに至った。たとえ国家権力からの検閲がなくても、こういった漫画にはそれ以上に厳しい関係者からの検閲の目が向けられているだろうことは想像に難くない。
 とはいえ日本の漫画家はそれも潜り抜けているので、アメリカでもどこかの意欲的な出版社から、マフィアの厳しい目をかいくぐって、「ガンビーノ一家六代目 侠客フランセスコ・カリの半生」のような作品が登場することを是非とも期待したいものである。(2022年5月23日注:カリは2019年3月13日に殺害されている。合掌) 
 
 
 
・参考文献
ここで「ギャング」「マフィア」などと検索して一応の傾向を見た
https://renta.papy.co.jp/
ja.wikipediaへのリンクはほぼ省略
https://ja.wikipedia.org/wiki/Category:マフィアを題材とした作品
https://ja.wikipedia.org/wiki/91Days
コミックスの中の黒人キャラ
https://en.wikipedia.org/wiki/African_characters_in_comics
『ブラック・ダイナマイト』
https://en.wikipedia.org/wiki/Black_Dynamite_(TV_series)
1955年に2119人
https://nenji-toukei.com/n/kiji/10042/殺人事件被害者数
NYは1990年に2245人
https://nypost.com/2017/12/13/the-reign-of-terror-when-murder-was-king-of-new-york-in-the-80s-and-90s/
 
 
 
2018年10月28日:「日本漫画の中の「アメリカのギャング」」を追記
2018年11月3日:「ティファナ・バイブル製造?」を追記
2018年11月7日:「クライム・「ウィル」・ノット・ペイ」「インディー・コミックスの挑戦」を追記
2022年5月23日:いくつかの個所を整えた。