ストリートギャング/サンディエゴ
 
 
 
 
  
 
 
 
・概要
 ・主要ギャング一覧
・黒人系
 ・クリップス
 ・ブラッズ
  ・リンカーン・パーク・ブラッズ
  ・スカイライン・パイル
 ・ソマリ人
・ラテン系
 ・ヴァリオ・ローガン・ハイツ
 ・その他
・アジア人
 ・勃興期
 ・東南アジア系三大ギャング
 ・フィリピン人
・白人
 
  
 
 
 
 
 
・概要
 カリフォルニア州の最南端、メキシコとの国境線沿いに位置するサンディエゴ郡サンディエゴ市は、市単体で130万人、都市圏では300万人の人口を抱える州第二の巨大都市である。
 2010年の人種構成データでは、土地柄意外なことに、非ラテン系の白人が45パーセントを占めており、ラテン系28パーセント、アジア人15パーセント、黒人6パーセントと続いている。
 2012年の時点でサンディエゴ郡全体では158団体に7500人のギャングが存在すると言われている。
 
 
 黒人勢力のブラッズ/クリップスにとってサンディエゴはいわば第二の都市であり、特にブラッズは強力な勢力を保ってきた。
 メキシコ系ギャングにとってはメキシコはティファナと国境を接する重要地であり、主なしのぎである麻薬のほかにも、いくつかの組織は地の利を生かして人身売買にも関わっているとみられている。
 サンディエゴ大学の推定によると、人身売買は年8億ドル以上の利益を生み、8000人以上が犠牲になっているという。

 ギャング活動の中心地はスカイライン、ローガン・ハイツ、リンカーン・パークなど多くの悪名高いフッド/ヴァリオが位置する南東サンディエゴであり、そのほかにもストリートギャングはサン・イシドロ地区などでも活発に活動している。
 
 
「概要」参考文献
サンディエゴ
https://en.wikipedia.org/wiki/San_Diego
南東サンディエゴ
https://en.wikipedia.org/wiki/Southeast_San_Diego
https://www.nbcsandiego.com/news/local/SANDAG-Report-Gangs-in-San-Diego-County-234521241.html
https://media.nbcbayarea.com/documents/Sandag-1204-Report.pdf
人身売買
https://www.voiceofsandiego.org/topics/opinion/san-diego-can-combat-human-trafficking/
  
 
・主要ギャング一覧
・黒人系
・ブラッズ
リンカーン・パーク・ブラッズ
スカイライン・パイル
クルック・シティ・ブラッズ
ディープヴァレー・ブラッズ
リトル・アフリカ・パイル
オファレル・パーク・バンクスターズ・ブラッズ

・クリップス
ローリン・40s・ネイバーフッド・クリップス
ウエストコースト・クリップス
ディープヴァレー・クリップス
リンダ・ヴィスタ・クリップス
イースト・デーゴ・モブ・クリップス

・ラテン系
ヴァリオ・ローガン・ハイツ
ヴァリオ・シャーマン・ハイツ
ロマス・26
ラスタ・ロコス
ロミタ・ヴィレッジ・70s
ヴァリオ・マーケット・ストリート
リンダ・ヴィスタ・13
ディアブロス

・アジア人
タイニー・オリエンタル・クリップス
オリエンタル・キラー・ボーイズ
オリエンタル・ボーイ・ソルジャーズ
 
 
 
 
 
 
  
・黒人系
・クリップス
 1972年ごろからLAのメンバーが来るようになり、ウエストコースト・マフィア・クリップス、ネイバーフッド・クリップスなど最初期の支部が設立されていったという。

・ローリン・40s・ネイバーフッド・クリップス
 
・ウエストコースト・クリップス
 旧WC・マフィア・クリップス。ESC(イースト・サイド/サウス・セントラル)のイーストコースト・クリップスの支部である。
 ・ローリン・20s
 ・ローリン・30s

・ディープヴァレー・クリップス
 1980年代初頭にオーシャンサイドで結成され、インセーン・クリップ・ギャングやクルック・モブ・ギャングスターズと友好的な関係である。
 ディープヴァレー・ブラッズ、クルック・シティ・ブラッズ、ヴァリオ・メサ・ギャングと抗争し、特にディープヴァレー・ブラッズとの抗争は1990年代から20年以上続いている。

・リンダ・ヴィスタ・クリップス
 リンダ・ヴィスタのノースサイドを縄張りとしている。

・イースト・デーゴ・モブ・クリップス
 シティ・ハイツのイーストサイドを縄張りにしていたプレイボーイ・インターナショナルが1985年にクリップスに転向したギャング。メンバーにはラッパーのLil C.Sなどがいる。

 そのほか2014年には、ブラック・モブとスキャンレスが合同で設立したギャングBMSのメンバーが、管理売春を行っていた件で逮捕されている。彼らはネイバーフッド・クリップス、ウエストコースト・クリップス、リンカーン・パーク・クリップスとつながりがあったという。
24 San Diego gang members indicted for sex trafficking
 
 
 
 
 
・ブラッズ
 サンディエゴは「ブラッド・シティ」と呼ばれるほどブラッズが強い地域であり、強大な影響力を持つLAへの反感を背景に、ブラッズの勢力はクリップスを凌駕してきた。
 
 1970年代中盤から南東サンディエゴのオーシャン・ビュー・ヒルズを縄張りとしていたセントラル・シティ・ギャングスターズが59・ブリムズ/サウスサイド・ブリムズに転向したのが始まりであり、その後リンカーン・パークなどのギャングが加盟してきた。

 リンカーン・パーク・ブラッズのメンバーでラッパーのミッチー・スリック(Mitchy Slick)によると、オファレル・パーク・バンクスターズのビッグ・レッドが少年院に行ったときに、絡んできたクリップを殴り飛ばし、それからブラッズ扱いされるようになったのが、サンディエゴにブラッズを広めた大きな原因だという。
 
 
・リンカーン・パーク・ブラッズ
 元サンディエゴ・チャージャーズのポール・ロウの酒屋をたまり場としていたポール・ロウズ・コントロールがリンカーン・パーク・プレイヤーズに改称、後の1978年ごろにリンカーン・パーク・パイルとなる。
 1986年頃スカイライン・パイルとの争いのためにパイルを脱退し、リンカーン・パーク・ブラッズを名乗ることとなる。

 1988年にはパトロール中の警官ジェリー・ハートレスを殺害してしまい、警察の捜査によってステイシー・バトラーなど多くのメンバーが逮捕され、結果として世代交代が進むことになる。ラッパーのミッチー・スリックもこの第二世代の人間である。
 なおこの殺人では、1999年に検察官が情報提供者への便宜を図っていたことが発覚して、容疑者の4人全員が不起訴となっている。

 リンカーン・パークにはまた、スカイライン・パイルメンバーの殺害を楽曲「slip slide」中で自慢していたタイニー・マッド・ハッターことブランドン・プライス、ラップの暴力的なリリックを問題視されて犯罪歴すらないのに危うく25年から終身刑を宣告されそうになったタイニー・ドゥーがいる。

 現在ではスカイライン・パイルとの抗争には一応の決着がつき、2009年のMitchy Slick「Won’t Stop Being a Blood」にメンバーが客演するなど友好的な関係を築いている。

 州外のポートランドなどにも支部があり、ブラッズ共通の赤に加えて緑もシンボルカラーにしており、シンド・モブの別名がある。
 ギャングはまたホワイトカラーの犯罪にも手を伸ばし、2009年には銀行への詐欺によって摘発されている。
http://www.kpbs.org/news/2009/may/13/sd-gang-involved-massive-bank-fraud/
 
 
 
・スカイライン・パイル
 イーストサイド・ハンギング・ギャングが1970年代にブラッズ連合の一参加ギャングであるパイルに転向した。黒人以外にも広く門戸を開いているという。
 サンディエゴの外でも知られた存在で、1993年のBloods & CripsのBangin’ on Wax収録曲Piru LoveではLA外のブラッズで唯一名前を挙げられている。
 
 
・クルック・シティ・ブラッズ(ミッドヴァレー・ブラッズ)
 ノースカウンティのオーシャンサイドを縄張りとする1990年代初頭に結成されたサモア系のギャング。
 サンディエゴには3万1千人のサモア人がおり、その中でもオーシャンサイドは5000人がいるアメリカ第二の居住地区である。

・ディープヴァレー・ブラッズ
 オーシャンサイドのキャンプ・ペンドルトン付近を縄張りとしていたヴァレー・ボーイズが1980年代中盤にブラッズに転向したギャング。ウエストサイド・DVBとも名乗り、サモア系を中心として70名以上のメンバーがいるという。

・オファレル・パーク・バンクスターズ
 サウス・エンカント地区を拠点とし、上記ビッグ・レッドが転向させたものと思われる。目立ったメンバーには、1992年に射殺されたGangsta Ernがいる。
 ・ファレル・パーク
 ・69th・ストリート
 ・ギャングスター・ピンプ・マフィア

・リトル・アフリカ・パイル
 南東サンディエゴのエメラルド・ヒルズに縄張りを持つギャングである。
 
 
 
「ブラッズ」参考文献
オファレル・パーク・バンクスターズ
https://unitedgangs.com/ofarrell-park-banksters/
Mitchy Slick(ミッチー・スリック)
http://www.streetgangs.com/hip-hop/121506_mitchy_slick
ハートレスを殺害した4人が不起訴に
http://articles.latimes.com/1999/jul/21/news/mn-58108
タイニー・マッド・ハッター
http://siccness.net/wp/judge-denies-rapper-tiny-mad-hatter-petition-for-writ-of-habeas-corpus
タイニー・ドゥーの「事件」について
https://noisey.vice.com/en_us/article/6959q7/tiny-doo-interview-jail-no-safety-faces-life-in-prison-for-recording-album
http://edition.cnn.com/2015/01/23/entertainment/tiny-doo-rap-conspiracy-charges/index.html
タイニー・ドゥーがサンディエゴ警察を訴える
https://www.billboard.com/articles/columns/hip-hop/7654369/rapper-tiny-doo-sues-san-diego-gang-conspiracy-charges
59・ブリムズ
https://unitedgangs.com/south-side-59-brims/
1977年からネイバーフッド・クリップスであるメンバーへのインタビュー
https://www.sandiegoreader.com/news/2012/nov/07/cover-lifes-not-easy/
リンカーン・パークはブラッズかパイルか
https://thehoodup.com/board/viewtopic.php?f=1&t=24281
Gangland「Vendetta of Blood」
ディープヴァレー・ブラッズの2人に75年以上の刑期
https://www.sandiegoreader.com/news/2016/feb/15/ticker-roland-seau-david-tua-deep-valley-bloods/
LAのサモア人
No Enclave — Exploring Samoan Los Angeles
 
 
 
 
・ソマリ人
 1980年代初頭からサンディエゴは、エチオピアとソマリアの間で起こった戦争によって発生したエチオピア難民を受け入れてきており、その中でもオガデン地方から来た者にはソマリ人が多かった。
 ソマリア難民は1991年のソマリア内戦によって劇的に増加し、2010年代のアメリカ全体では15万人以上が存在すると言われている。

 現在サンディエゴには東アフリカ系は3万人、ソマリ系はシティ・ハイツのリトル・モガディシュ中心に1万5千人以上が居住している。
 そのほとんどが戦地から命からがら逃れてきた難民だが、しかし彼らの多くは内戦による心身の傷、文化や言語の違い、子弟の場合は難民キャンプでの学習の遅れなどが災いして、アメリカ社会に適応するのが難しかった。
 またサンディエゴ自体の生活費の高さにより、より大きなコミュニティーがあるミネソタなどに移住するものも多くいた。
 
 
 シャリーア統治のソマリアからカリフォルニアの近代都市サンディエゴへと移住したソマリ人は、当然ながら初めて体験するアメリカ社会に馴染めず、一悶着起こしてしまうことも多かった。
 元ソマリア軍少佐であり、米国での軍事訓練中に父が民兵に処刑されたために亡命し、後にサンディエゴで初のソマリ系警察官となったアブディウェリ・ヘイベー(Abdiweli Heibeh)によると、ソマリ人は近代的な警察組織になじみのないものも多く「歯が痛い」「隣人に呪いをかけられた」などの理由で通報するものもいたという。
 彼はまた新たな土地に戸惑うソマリ人を指して「ソマリ人は誰とでも戦っていた。時にはアジア人、黒人、ヒスパニックのギャングとも戦った」とも語っている。

 こういった事情から東サンディエゴに、おそらくはミネアポリスの同名ギャングの支部であるラフ・タフ・ソマリズ(クリップス)、ホーリー・ブラッド・ギャングなどが結成されていくこととなる。
(ミネアポリスについては、邦文なら本ページの記事「ストリートギャング・米国北中西部」を参照してほしい。簡単なリンク集あり)。

 ミネソタ及びサンディエゴのラフ・タフ・ソマリズには、アメリカ社会からの疎外感に加えて近年のイスラーム過激派の闘争の盛り上がりに感銘を受けて、故国の民兵組織アル・シャバブに加わろうとしたものもいる。
 そのほかにもアフリカン・マフィア・クリップスにはアル・シャバブに共感するものが多く、電話に黒地に白文字のアル・シャバブ旗を張り付けて、仲間内で事あるごとに「ブラック・アンド・ホワイト・フォーエヴァー」のメッセージを送信していたという。
 彼らはカートの密輸を通じてアル・シャバブと関係していると見られているが、サンディエゴ警察はこういった組織に対しては通常のギャングに対するよりもはるかに厳しく、2011年から元CIAエージェントを雇って調査している。
 
 
 
「ソマリ人」参考文献
https://en.wikipedia.org/wiki/Somalia
ソマリアの族長がサンディエゴの警察官に
https://www.voiceofsandiego.org/topics/government/officer-on-the-street-in-san-diego-is-a-chief-in-somalia/
上と同じくヘイベーの話
http://www.mercedsunstar.com/news/state/article3281369.html
ソマリア人ギャングがカリフォルニアを乗っ取る
http://siccness.net/vb/f6/somalian-gangs-taken-over-california-94225.html?s=b06d0ee7cad7562d3076b17971a4004e
サンディエゴ警察が元CIAを雇う
https://www.sandiegoreader.com/weblogs/news-ticker/2011/aug/03/sdpd-intelligence-hires-ex-cia-agent-targets-somal/#
サンディエゴのテロ対策
https://cchs.gwu.edu/sites/cchs.gwu.edu/files/downloads/IssueBrief_12_HSPI.pdf
 
 
 
 
・ラテン系
 LAと同様サンディエゴのバリオは長い歴史を持ち、20世紀前半の時点で南部ではインペリアル・ビーチのインペリアルズ、サン・イシドロのヴァルチャーズなどが活動していた。

サウス・ベイ、サンディエゴ
http://13radicalriders14.blogspot.jp/2011/02/south-bay-south-side-san-diego.html
サンディエゴ最古のギャング
http://iestreetlife.aforumfree.com/t1888-oldest-gangs-in-san-diego
 
 
 
・ローガン・ハイツ
 ・30th・ストリート(LH30TA=トレイエンタ)
 ・レッド・ステップス
 ・33rd・ストリート
 ・ローガン・ハイツ・13

 サンディエゴのラテン系最大のギャングであるヴァリオ・ローガン・ハイツは、1960年代に南東サンディエゴ地区の弱小ギャングをまとめ上げる形で設立された(70年代のカークラブという説もあり)。

 最古のサブセットは30th・ストリート(LH30TA=ローガン・ハイツ・30th/トレインタ)であり、続いて1970年代にたまり場にしていた角のビルの赤い非常階段にちなんで名づけられたレッド・ステップス、その後33rd・ストリート、ローガン・ハイツ・13、ローガン・ハイツ・クリッカが設立されている。

 20世紀前半には目立った存在ではなかったという彼らだが、こうして勢力を拡大し、1970~80年代にはホーソーンやコンプトンのギャングからPCPやメタンフェタミンを買い付けてメモリアル・パークやチカーノ・パークで売りさばくようになった。
 1980年代中盤のシェルタウンやバリオ・シャーマンとの抗争を経て、デヴィッド・「ポパイ」・バロンが実権を握ると、そのメンバー数は400人以上にまで膨らんだ。

 その後何らかの罪状で収監されたバロンは獄中でラ・エメの一員になり、LH30TAリーダーとラ・エメ幹部を兼任することとなった。
 バロンはこの時期にアリゾナ州フェニックスの刑務所でティファナ・カルテルの一派アレジャーノ-フェリックス・オーガナイゼーション(AFO)のメンバーと親交を結び、AFOから麻薬の供給を手厚く受けるようにもなっている。

 国境の両側を仕切るギャングとしてアレジャーノ兄弟とローガン・ハイツの関係は深まっていき、やがて1992年にはメキシコへと移住したバロンとLH30TAメンバーがカルテルから軍事訓練を受けてAFOの用心棒を務めるようになった。

 当時ティファナ・カルテルはアメリカ行きの麻薬に通行税を課していたが、すでに10億ドル級の資産を持つといわれていたシナロア・カルテルの「エル・チャポ」・グスマンはそれに強く反対していた。
 そうした中バロンは1992年プエルタ・ヴァハルタのクラブで、エル・チャポの襲撃からアレジャーノ兄弟を守り抜き、両者の信頼は深まっていった。
 ローガン・ハイツを通してティファナ・カルテルの影響はサンディエゴにも及び、1993年には26人がカルテルがらみで殺害されている。

 しかしローガン・ハイツは1993年にグアダラハラの空港で、グスマンと誤認してポサダス大司教を殺害してしまう。
 大司教は麻薬に批判的だったために誤認説には異論もあるが、ともかくこの失態によって傭兵としてのローガン・ハイツはティファナ・カルテルに見限られてしまう。主犯の2人プーマとスプーキーはアレジャーノ兄弟によって警察に引き渡され、スプーキーは後に刑務所内で殺害される。バロンは1997年にジャーナリスト暗殺の最中に味方の跳弾によって死亡している。

 1998年にはアメリカの捜査当局がポサダス大司教殺害の罪で9名を逮捕し、サンディエゴ警察も取り締まりを強化、ローガン・ハイツはその勢力を大幅に減衰させられてしまう。

 しかしその後も多くの元ローガン・ハイツメンバーがティファナ・カルテルの要職にあるといわれ、アメリカ-メキシコ両国の麻薬組織の第一の橋渡し役としてのローガン・ハイツの役割はなおも健在であるとみられている。
 
 主な略称としてはLH=1208などがある。
 
 
 
「ローガン・ハイツ」参考文献
ローガン・ハイツ
https://unitedgangs.com/barrio-logan-heights-gang/
サレーニョスとカルテル
https://sites.google.com/site/barrioeighteenthstreetbook/surenos-and-cartels—the-story-of-logan-heights
デヴィッド・バロン・コロナ
https://en.wikipedia.org/wiki/David_Barron_Corona
ギャングランド・サンディエゴ
http://sdcitybeat.com/news-and-opinion/news/gang-land-san-diego/
ティファナ・カルテル
https://www.sandiegoreader.com/news/2010/sep/22/cover/
上記記事からローガン・ハイツの抜粋
http://www.banderasnews.com/1009/edat-silverorlead2.htm
Gangland「The Assassins」
 
 
 

 

 
・その他
 1950年代の市北部ゴールデン・ヒルズでは、白人バイカー達に対抗するために、まず最初にヴァリオ・ロマス・デ・オロ(Loma=丘、Oro=黄金)が結成され、その後様々なギャングが現れたが、最終的にはロマス・26へと統合されていった。
 ゴールデン・ヒルズはほかの地域に比べて犯罪率が低く、1970年代においてもヒッピーとギャングの間ではほとんど争い事はなかったという。

 シェルタウンでは38th・ストリートとガンマ・ボーイズが活動している。ラッパーのYoung SiccやKrooks The Felonはこの地区の出である。

 シャーマン・ハイツではバリオ・シャーマン/SMG27STが、おそらくは1974年以前から存在している。

 南東サンディエゴのストリート・マーケット地区では、ヴァリオ・マーケット・ストリート(VMKT)がローリン・40s・ネイバーフッド・クリップスやアジア系のオリエンタル・キラー・ボーイズ(OKB)などともめ事を抱えつつも共存しているが、近年は強烈な取り締まりで勢力を落としているという。

 南部のオテイでは1920年代に結成されたラスタ・ロコスがなおも健在であり、本体のラスタ・ロコス・クリックの他にリヴァーボトム・ロコス、13・ボーイズの2つの支部を持ってヴァリオ・ロコス・オテイ/オテイ・13としてまとまっている。

 南東に位置するロミタには、コンプトン・ヴァリオ・70sから来た者とロミタの人間で結成されたロミタ・ヴィレッジ・70sが存在する。かつてリンダ・ヴィスタ・13ともめ事があり、古参のギャングバンガーには今でもそのことを引きずっている者もいるという。

 北西のリンダ・ヴィスタ地区では、おそらくは1960年代に結成されたリンダ・ヴィスタ・13(LV13)が150名以上のメンバー数を持ち、リンダ・ヴィスタ・ローリン60s・クリップス、50名以上のメンバーを持つタイニー・オリエンタル・クリップス、サウスイースト・ロコス・13などの他のギャングに対して敵対的な態度で臨んでいる。

 サンディエゴの北にあるエスコンディードではディアブロスが銃撃や麻薬売買に励み、2017年には140名以上が告発されている。
 
 
「その他」参考文献
バリオ・シャーマン
http://barriosherman.boards.net/thread/9
ゴールデン・ヒルズのロマスについて
https://sandiegofreepress.org/2013/05/excavating-golden-hill-between-south-park-and-the-other-side-of-the-freeway/
サンディエゴのストリートギャング
http://theavenue619.com/category/san-diego-street-gangs/
ディアブロス
https://www.justice.gov/usao-sdca/pr/massive-strike-against-violent-street-gangs-san-diego-county-results-federal-charges
ロミタ
http://iestreetlife.aforumfree.com/t312-lomita
 
 
・サン・イシドロ
 州幹線道路5号線の終着点であり、メキシコはティファナ市と国境を接するサンディエゴ市の最南端サン・イシドロでは、1950年代後半からヴァリオが形成されてきた。

 その後1970年代後半には新興勢力ロコーテスの他にサーフォ(ストーナー)のロス・バイカーズとSY・パンクスなどが現れるが、サーフォはすぐに旧来のギャングに吸収されて消えてしまう。
 ロコーテスは生き残り、80年代中盤に出てきたSY・ギャングスターズやヴィラ・ロコスとしのぎを削りあっていく。

 数年後にはロコーテスの弟分組織リル・ロコス、タイニー・ロコス、ロス・マロスなども結成され、勢力を拡大していく。
 
http://theavenue619.com/san-diego-street-gangs/varrio-san-ysidro-gang/
Lonewolf氏のブログBROWN KINGDOMより
http://13radicalriders14.blogspot.jp/2011/02/south-bay-south-side-san-diego.html
 
 
 
 
 
 
 
・アジア人
 調査時期にもよるが東南アジア人はサンディエゴには1万5千人、カンボジア人は5000人から8000人程度が居住しているといわれている。

・勃興期
 東南アジア系のギャング自体は1980年代初頭から出現していたが、その暴力が過激化したのは1989年からだった。
 その年にラオ人のパーティーにやってきたカンボジア人の1人がラオ人の誰かの彼女にちょっかいを出したのをきっかけに銃撃戦が起こり、その後民族対立とともにギャングの数は3倍にも4倍にも膨れ上がった。

 この時期の特徴としては、カンボジア人がヒスパニックギャングの真似に終始するのに対して、ラオ人はよりドレスアップした服装を好んでいたという。
 彼らが主なしのぎに選んだのは車泥棒であり、特にホンダ・プレリュードやトヨタ・スープラを好んでいた。また自民族への空き巣や強盗も頻繁に行い、銀行に金を預ける習慣のない生活保護受給者を狙っていた。
 東南アジア系は他人種のギャングに比べて国中を身軽に移動するために捕捉が難しく、法執行機関にとっては厄介な存在であったという。
 
 
・アジア系三大ギャング
 1980年代終盤のこの時期以来、ラオ系のタイニー・オリエンタル・クリップス(TOC)とオリエンタル・キラー・ボーイズ(OKB)、カンボジア系のオリエンタル・ボーイ・ソルジャーズ(OBS)が三大ギャングとして君臨してきた。

 タイニー・オリエンタル・クリップスはリンダ・ヴィスタに縄張りを持ちOBSやアジアン・クリップスと対立している。

 オリエンタル・キラー・ボーイズは伝説的なリーダーイット・チェルニヴェーズによって設立された。
 彼はまず初めに48th・ストリート・クリップスを結成したが、18の時に送られた刑務所にて考えを改めてオリエンタル・キラー・ボーイズへと改名する。1998年にはOBSを銃撃している。

 オリエンタル・ボーイ・ソルジャーズは1992年からはタイニー・イーストサイド・クリミナルズ(TEC)と女性関係のトラブルがきっかけで抗争に突入し、2008年時点でも継続中であったという。
 
 
・フィリピン人
 サンディエゴには15万人ほどいるフィリピン人は戦前からストリートギャング文化に親和的な民族であるが、サンディエゴでは1988年まで警察のレーダーには引っかかってはいなかった。

 1980年代から1990年代にかけて南東サンディエゴでは
 ・消滅したB-ダウン・ボーイズ/BDB
 ・その支部アジアン・インセーン・ボーイズ・ブラッズ/AIB
 ・1940年代初頭にフィリピン本国で結成されたというバハラ・ナ(「何事に対しても覚悟がある」というような意味)・ギャングのサンディエゴ支部
 ・イージー・ゴーイング・ピノイズ
 ・カラバン(敵)
 ・クドゥク(グアム系、チャモロ語で狂気)
 ・その他のブラッズ
 が連合組織イーストサイド・ファミリーを結成していたというが、何らかの理由で消滅したという。

 最初期のギャングはB-ダウン・ボーイズ/BDBであり、ダ・ボーイズ及びその同盟者のヒスパニック系のパラダイス・ヒルズ・ロコス(PH・ロコス)と抗争していた。
 その後パラダイス・ヒルズにはバハラ・ナ・バルカダがクリップスを名乗って活動していた。
 この時期にはデル・ソル地区のサウスサイド・ブラッズ、ネスター地区のサウスサイド・パッシ、ランチョ・ペニャスクイトス地区のノースサイド・ブラッズ、ミラ・メサ地区のルースレス・パッシ―・クリップスなどが存在し、名前はクリップス/ブラッズを名乗りながらも、麻薬取引や車泥棒は極力行わず、メキシコ系ギャングに見られるような旧来のギャングバンギングに精を出していたという。
 
 
 現在ではAIBとバハラ・ナが最も強力なギャングであり、バハラ・ナ系列のバハラ・ナ・バルカダ(不良少年)/BNB・クリップス、ステートサイド・アイランダーズ/SSI、アジアン・クリップ・ボーイズ/ACBなどと対立している。
 
 サンディエゴではほかにもサタナス、アクロ・ピノイ、サムハン・ドゥモイ・ピノイなども活動してきており、フィリピン本国で有名なトゥルー・ブラウン・スタイル/TBS-13がサンディエゴ発祥であるという。
 
 
・その他アイランダーズ 
 そのほかグアムのチャモロ人がインセーン・グアマニアン・ファミリー/IGFを結成して、それが先述のクドゥク・ブラッズ/KDKに改名したという話もあるが詳細は不明である。

 グアム系はまた遠く離れたワシントン州スノホミッシュ郡エヴェレット市に、ブレークダンス・グループとしてグアムで結成されたトレス・ニッショ・ボーイズの存在が確認されている。
 全米犯罪レファレンス・サーヴィス(NCJRS)によると、LAにもバルカダン・グアムというグアム出身のフィリピン人による20名程度の組織があるというが、これもやはり詳細は不明である。
 
 
 
「アジア人」参考文献
タイニー・オリエンタル・クリップス
https://unitedgangs.com/tiny-oriental-crips-san-diego/
バレットプルーフ・ブッディスツ
https://www.sandiegoreader.com/news/1995/jul/27/cover-bulletproof-buddhists/
OKB対VMKT
https://thehoodup.com/board/viewtopic.php?p=630752
「3大ギャング」の出典。154ページにサンディエゴのフィリピン系ギャングについて記述あり
Gangbangs and Drive-Bys: Grounded Culture and Juvenile Gang Violence
By William Sanders
アイランダーズ
http://www.criminaljusticesolutionsllc.com/pacific-islanders.html
AIB
https://www.urbandictionary.com/define.php?term=AIB
バルカダ
https://www.urbandictionary.com/define.php?term=barkada
どうしてサンディエゴのメキシコ人はフィリピン人を嫌うのか
http://streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?f=142&t=62732
グアム人?
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=8198
トレス・ニッショ・ボーイズ
http://www.pioneer-trails.org/newsletterfiles/Gang%20Awareness%20Guide.pdf
カラバン、ステートサイド・アイランダーズなどを含むサンディエゴの10のギャングに関係する麻薬密輸業者を逮捕
https://www.justice.gov/usao-sdca/pr/officials-take-down-gang-affiliated-drug-traffickers-remove-methamphetamine-heroin-and
グレンデール市警のギャングについての報告書。バルカダン・グアムについて記述あり
https://www.ncjrs.gov/pdffiles1/Digitization/148396NCJRS.pdf
オリエンタル・ボーイ・ソルジャーズ
https://www.urbandictionary.com/define.php?term=obs
OKBのOBSへの銃撃
https://law.justia.com/cases/california/court-of-appeal/4th/67/532.html
 
 
 
 
・白人
 サンディエゴのマフィアは、LAファミリーの影響下にフランク・ボンペンシエロ、ジョセフ・マトランガなどを指導者として活動していた。
 サンディエゴではスキンヘッズやハードコア・クルーの活動も盛んで、サンディエゴ湾にあるコロナード市ではコロナード・ホワイト・ボーイズが活動していた。
 
 
「白人」参考文献
フランク・ボンペンシエロ
http://mafia.wikia.com/wiki/Frank_Bompensiero
ジョセフ・マトランガ
http://mafia.wikia.com/wiki/Joseph_Matranga
コロナード・ホワイト・ボーイズ
http://articles.latimes.com/1989-11-12/local/me-2045_1_coronado-gang-coronado-white-boys-gang-problem
サンディエゴのハードコア・クルー
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=43998
 
 
 
・全体参考文献
ギャング一覧
https://www.monderlaw.com/news/333-what-to-expect-for-local-street-gangs-in-officer-shootings-in-san-diego
http://www.streetgangs.com/cities/sandiego
http://619gangs.blogspot.jp/p/san-diego-gang-roll-call.html
http://hiphopdatabase.wikia.com/wiki/List_of_San_Diego_gangs

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