ストリートギャング/タグバンガー
 
 
 
 
 
 
・始めに
・タギング・クルーとは
・タグバンガーの誕生
 ・LAにて
 ・ギャング化するタガー
  ・KAM(クレイジー・アス・メキシカンズ)
  ・ブレークダンス・クルーTMC
 ・MTA
 ・TKO
・サンディエゴ
・その他
・タギング用語集
・参考文献
 
 
 
 
 
・始めに
 タギングとはスプレー・ペイントによって行われる「落書き」のことである。小さなかけらをタグ、大きな作品をグラフィティと呼ぶ。

 伝統的にはギャングや不良少年の片手間として行われてきたわけだが、描かれるグラフィティが高度になるにつれて、それを専門に行うクルーが登場してきた。LAにおいては、ヒッピー、ストーナー、ブレイクダンス・クルー同様に、一部のクルーがギャング文化と融合してギャング化していった。

 本文では西海岸のそういった「タグバンガー」について述べる。
 
  
 
 
・タギング・クルーとは
 自己あるいは集団の存在をスプレー・ペイントによって誇示する「タギング」の歴史は戦前までさかのぼることができ、ストリートギャングが盛んに行うようになったのは1950年代のグリーサー時代のことではあるが、しかし現在まで続くタギング/グラフィティ文化は1970年代のNYで確立し、ヒップホップとともに世界中に広まっていったものである。

 タギング・クルーの目的は芸術であり、そのため彼らはギャングと異なり多様な民族の老若男女の受け入れを拒んではいない。
 最下層のポーザーや「トイ」から頂点のキングにまで上り詰めるためにはただ技術の研鑽のみが要求され、その点でも縄張りを示すストリートギャングの単純なタギングとは一線を画している。
 そしてタギング・クルーのバトルは暴力ではなく競作であり、鑑賞者の作品への支持によって勝ち負けが決まるという。
 
 
 
  
・タグバンガーの誕生
・LAにて
 「Graffiti L.A. Street Styles and Art」によると、LAではおおよそ1983年に非ギャングがタギングをやり始め、セントラルLAのクラブレディオトロンにたまっていたメンバーがLA・ボム・スクワッド (LABS)を結成したのを皮切りに、TGO(トゥ・ゴッド・オンリー)、RTA(ラピッド・トランシット・アーティスツ)、LTS(ラスト・トゥ・サーブ)、GFA(グラフィティ・フォース・アーティスツ)、そしてCBS(キャント・ビー・ストップド)などが各地で作られていった。
 1980年代後半にはAWR(アートワーク・レベルズ/エンジェルズ・ウィル・ライズ)やMSK(マッド・ソサエティ・キングス)なども組織され、両者は後に融合しファッションブランドで有名なセブンス・レターを構成している。
 
 
 しかしながら彼らはそのタギングの性質により、暴力によってギャングから身を守らなければならない場面も多かった。
 加えてタガーの多くがストリートギャング文化を持つバリオの出身であり、他人の描いたグラフィティをクロス・アウトする喧嘩腰のライターもいたため、自衛的なギャング文化の導入は避けがたいことであった。

 こうして誕生した「タグバンガー」は、往々にして低いスキルでヒット(タギング)を繰り返すだけの存在であり、タギング・クルーの中には彼らを疎ましく思う者も多かったという。

 一方警察は公共物の資産的価値を著しく損なうタギングを重犯罪への入り口とみており、器物損壊のタギングがスプレー・ペイントの窃盗につながり、やがてクルー同士の争いへとエスカレートする可能性を案じていた。
 
 
 
「LAにて」参考文献
「Graffiti L.A. Street Styles and Art」の抜粋
http://graffitila.com/text-cuts-from-graffiti-la
http://graffitila.com/the-social-element-comments-on-gangs-and-crew-dynamics
ギャングとタガーの違い
http://gateamerica.blogspot.jp/2013/06/the-difference-between-gang-and-tagger.html
CBS
http://www.ocweekly.com/film/cant-be-stopped-chronicles-legendary-los-angeles-graffiti-crew-cbs-8363878
セブンス・レター
http://www.laweekly.com/arts/the-rise-of-the-seventh-letter-2149613
 
 
  
 
・ギャング化するタガー
 1980年代も終わるころになると、バリオ/フッドの治安が全米的に悪化したために、今では世界的なミューラリストとなったMan Oneのように、ギャングに入りたくないものが身の安全のためにタギング・クルーに入るといった状況になっていた。

 1990年代初頭にはタギング・クルーの抗争は加熱し、KMT(キングス・メイキング・トラブル)のSWAKをはじめとして最低でも20名以上が暴力沙汰の犠牲になっていた。
 一例としてOFAのBisekは310・クルーに殺害され、その後310・クルーはストリートギャングの流儀で「310 Kills, Ask Bisek」とタギングするようになったという。
 
 
 1990年代のこういった暴力はしかし、時がたつにつれて各クルーのメンバーが引退し、あるいは刑務所送りになる中で収まっていったのだが、存続を望んだクルーの一部はギャングへと吸収され、もしくは自ら望んでギャングへと変化していった。
 
 500人以上ものメンバーを持っていたOFA(アウト・フォー・アクション/オフィシャル・フリーウェイ・アサシンズ)はそれぞれのセットが18th・ストリート、リンカーン・ハイツ、アヴェニューズに加入、AMKはプリメラ・フラッツに加入しアヴェニュー・マリソール・クルックスと名乗るようになった。何かと勢力拡大に積極的な18thストリートは他にKWS(キングス・ウィズ・スタイル)やロングビーチのCMKなども加入させている。
 サウスLAのイーストサイドのHOB(ハング・アウト・ボーイズ)なども元はグラフィティ・クルーか、もしくはフットボール・チームであったという話もある。

 他にサウスLAはウエストモントのEK・13(イーブル・クラン)、同じくウエストモントのナイトクロウラーズ・13、TST(テンプル・ストリート)の支部ナイトストーカーズ、バリオ・セイント・アンドリュースなどもグラフィティ・クルーだったというが詳細は不明である。

 黒人系ではランカスターのBIG(バッド・インフルエンス・ギャングスターズ)・クリップスや、かつてはNBT(ナッシング・バット・トラブル)を名乗っていたWSC(ウエストサイド/サウスセントラル)のトラブル・ギャング/ホールデール・クリップスなどが同じくタギング・クルー上がりのギャングとしてあげられる。
 
 
 
「ギャング化するタガー」参考文献
streetgangs.comの各ギャングのページ。コメントの荒れ具合からいまだに抗争が続いていることが推測される
http://www.streetgangs.com/hispanic/cityofla/boyleheights/kam
http://www.streetgangs.com/hispanic/cityofla/boyleheights/sbs
http://www.streetgangs.com/hispanic/cityofla/boyleheights/themobcrew
http://www.streetgangs.com/hispanic/westmont/evilklan
http://www.streetgangs.com/hispanic/westmont/nightcrawlers
http://www.streetgangs.com/hispanic/cityofla/central/bsa
こちらはunitedgangs.com
https://unitedgangs.com/2009/05/15/hang-out-boys-13/
https://unitedgangs.com/trouble-gangster-crips/
https://unitedgangs.com/2015/03/18/b-i-g-bad-influence-gang/
LA最大のタギング・クルー
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=6130
ギャングになったクルー
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=53010
 
 
 
 
 
・KAM
 そしてこういったタガー上がりのギャングの中でも最大の存在がKAM(クレイジー・アス・メキシカンズ)である。
 ボイル・ハイツを拠点として2004年時点で300人以上のメンバーを持つ彼らは、まだタギング・クルーであったころからチョロ・スタイルを好み、銃を持ち歩く喧嘩っ早い集団であった。
 地元の弱小ギャングフィケット・ストリートを打ち破り今日の繁栄の基礎となるターフを獲得したという。

 2004年で50~60人程度のセンチネル・ボーイズ(SBS)と1980年代より抗争状態にあり、KAMはグラフィティ・クルーのドッグ・パウンドからメンバーを募る一方で、センチネル・ボーイズは2軍ともいうべき存在のナスティ・ハビッツからそのメンバーを引き揚げていた。

 2004年7月にセンチネル・ボーイズの下部組織ナスティ・ハビッツのルイス・ムニョスがドッグ・パウンドのメンバーをバットで襲撃し、その後11月にKAMメンバーのリチャード・リヴェラを銃殺している。
 
 
 KAMはまたラモナ・ガーデンズの名門ギャングであるビッグ・ハザードとも長らく対立関係にあり、2008年にはそのターフ内で、おそらくは誤認により一般人を銃撃されている。そして彼らのライバルであるSBSも、やはり古参のマラヴィラと争い続けている。
 
 
 
「KAM」参考文献
3件の殺人でKAMメンバーを起訴
https://www.leagle.com/decision/incaco20120208040
KAM対ビッグ・ハザード
http://caselaw.findlaw.com/ca-court-of-appeal/1565234.html
KAMのあらまし
https://www.fearnotlaw.com/wsnkb/articles/p_v_nunoz-16601.html
SBS対マラヴィラ
http://caselaw.findlaw.com/ca-court-of-appeal/1548858.html
thehoodup.com「Krazy Ass Mexican, aka KAMsters 13」
 
 
 
 
 
・ブレークダンス・クルーTMC
 1969年生まれの「クレイジー・エース」ロバート・レオンは、ボイル・ハイツの貧しい母子家庭で育ち、12歳の時に近所の仲間とブレークダンス・クルーTMC(ザ・モブ・クルー)を結成して、教会やカフェ、ユースセンターなどで踊っていた。
 しかし1980年代中盤になると、LAリヴァーを越えたサウスセントラルで麻薬がらみの抗争が過激化、その波はすぐにボイル・ハイツにまで押し寄せ、TMCメンバーも他のギャングから加入の誘いをかけられるようになっていた。
 他のギャングの傘下に入る気になれなかったレオンは意を決し、1986年の冬にTMCをギャングへと転向させる。
 TMCは地元ピコ‐アリソ・プロジェクトで最も悪名高い存在となり、自らのターフを獲得していった。

 レオンは1992年から暴行で4年の刑期を務め、1996年に釈放されたあとは更生を目指して映画産業で働いていたが、過去を知るギャングに何かと絡まれることも多く、2001年には殺人で逮捕されている。
  
  
 現在TMC・13は100名以上の、けして多いとは言えないメンバー数を持って、プリメラ・フラッツ、クアトロ・フラッツの2つの有力ギャングに挟まれながらもそのターフを維持している。
 1999年にピコ‐アリソが解体されると、一部の者は西に河を超えたハンティントン・パークに逃れ、そこで地元の勢力ともめ事を起こしている。彼らは、「LAリヴァー西岸」の支部であるために、ウエストサイド・TMCを名乗っている。

 2000年にはクアトロ・フラッツの銃撃によって、TMCメンバー1人と流れ弾を受けた10歳の少女が死亡している。
 
  
 
「ブレークダンス・クルーTMC」参考文献
ロバート・レオンについて
http://articles.latimes.com/2003/aug/24/magazine/tm-gangster34
http://articles.latimes.com/1996-10-06/magazine/tm-50899_1_crazy-ace
レオン逮捕は実際にはどういうことなのか、ギャング専門家ウォリー・フェイ(トニー・ラファエル)の辛辣な視点
http://inthehat.blogspot.jp/2003/09/fremon-creates-another-victim-in-whats.html
ページ中段にホレンベック警察管区のギャング抗争図がある
https://www.rand.org/pubs/periodicals/rand-review/issues/fall2003/gun.html
グラフィティでのもめ事
https://www.fearnotlaw.com/wsnkb/articles/p_v_acedo-15603.html
ボストン・ガン・プロジェクト-LAとの比較においてTMCに触れている
http://www.grin.com/en/e-book/281282/the-boston-gun-project
 
 
 
 
 
・MTA(メトロ・トランシット・アサシンズ)
 LAPDに「10人しかいない」と言われるほどの(後の公訴事実を見ると間違いの可能性が高いが)精鋭集団であるMTAは、LAのみならずラスベガスやサンフランシスコにも活動の手を伸ばし、2008年にLAリヴァーのコンクリート堤防に半マイル大の「MTA」タグを描いたことで有名になった。

 このタグには、貧困層がよく利用するバスへの補助金をカットして、その分を白人富裕層御用達の列車へと回した市交通局への抗議の意があったというが、MTAは警察の捜査により市に百万ドルを超える被害を与えたとして、「Smear」他7名が逮捕されている。

 2012年に特別ギャング指定(gang injunction)を受けてしまい、さらには500万ドル近い清掃代金の支払いを請求されそうになったものの、合衆国憲法修正第一条に保証された表現の自由の次元で争い、何とか支払いは免れている。
 
 
 
「MTA」参考文献
https://en.wikipedia.org/wiki/Smear_(Cristian_Gheorghiu)
タギング・クルー7名が逮捕
http://www.latimes.com/local/la-me-big-taggers29-2009jan29-story.html
数枚の写真あり
http://dr-dboe.blogspot.jp/2009/02/seven-members-of-los-angeles-most.html
「10人しかいないエリート・クルー」
https://www.lapd.com/article/injunction-targets-mta-tagging-crew
下段で少しMTAに触れている
https://www.vice.com/sv/article/nn9eed/a-gang-of-rich-white-surfer-dudes-is-terrorizing-a-california-beach-town-721
MTAがギャング認定
http://www.laweekly.com/news/graffiti-crew-mtas-gang-injunction-is-for-real-2395303
タガーが賠償金を逃れる
http://latimesblogs.latimes.com/lanow/2012/06/graffiti-lawsuit-settled-taggers.html
 
 
 
 
 
・TKO
 1988年に若干12歳だったToomerが結成し、北米中心にメキシコやヨーロッパにまで支部を持つTKOは、1000名近いメンバーを持つと言われる巨大クルーである。

 熟練した「ピーサー」として知られるToomerは、タガーを未熟な「トイ」と考える一方で、アーティストの称号は一笑に付す。彼によると、グラフィティとはあくまでも自分たちのために描かれるものであるという。
 その目的は尊敬、名声、激情、そして縄張りを示すためであり、部外者には説明しがたい世界であるとのことである。

 LAにおいて2000年代を迎えても粗暴な存在だったTKOは、2007年にはライバル・クルーであるMTAがタトゥー・ショップで主催したアート・ショウにチェーンや斧で武装して殴り込み、女性メンバーのキャンディ・スリチャンドルがアンソニー・セナを殺害している。彼女はその後逃亡生活中にコロラドに隠れていたこともあったという。
 スリチャンドルは「America’s Most Wanted」でも取り上げられている。

 TKO州外支部の一例として、セント・ルイスではLD、OFB、TKOが三大クルーとなっている。
 
 
 
「TKO」参考文献
ToomerとMan Oneへの短いインタビュー
http://articles.latimes.com/2003/apr/14/local/me-graffiti14
スリチャンドラについての記事一覧
http://www.westword.com/news/jel-was-here-5099845
http://senseslost.com/2007/11/02/tko-stripper-on-the-run/
http://senseslost.com/2008/03/24/tko-graffiti-artist-arrested/
https://www.bombingscience.com/graffitiforum/threads/americas-most-wanted.3822/
スリチャンドラ事件の詳細
http://caselaw.findlaw.com/ca-court-of-appeal/1574817.html
セント・ルイス
https://www.riverfronttimes.com/stlouis/state-of-street-art-vandalism-or-legit-its-not-going-away/Content?oid=2453330
 
 
 
 
 
・サンディエゴ
 サンディエゴのタガーはLAと同じようにギャングが影響力を持つバリオで生まれた。
 そこでは1980年代後半からタガーの他にもパーティ・クルー、レイヴァーなどの従来のバリオに縛られない不良少年たちが活動し、ギャングとはもめ事を起こしつつも共存していたという。

 しかし彼らタガーが少年更生施設、あるいは州刑務所にまで送られるようになると、彼らはそこでギャングから逃れがたい圧力を受け、加入を迫られるようになる。
 既存ギャングの圧力は強く、1995年に州立ドノヴァン刑務所であるタガーは「自分はタガーであり、サレーニョスには従わない」と宣言したところ、すべてのタガーへの警告として10回以上も刺されたという。
 こういった脅しもあって、刑務所内外のタガーは多くがそれぞれのバリオのギャングに転向、HML(ヘムロック)、HEM(ヘチョ・エン・メキシコ)などの適応できなかったクルーは消滅した。
 
 
 
 現在の有力なクルーにはAEK、SEK、TMKがある。
 AEK(アヴェニュー・ユウクリッド・クラン)はイーストサイドでタギング・クルーのオールウェイズ・エンフォーシング・カオスと武闘派のパーティ・クルーであったゲットダウン・パッシが合併する形で生まれた。

 もう一方の雄SEK(サウス・イースト・クラン)は、ローガン・ハイツのLH30TA(=ローガン・ハイツ・30th/トレインタ)に後援され、サウス・イースト・サンディエゴ最大のクルーとして君臨している。

 TMK(ザ・メキシカン・クラン)はシャーマン・ハイツ最大のタギング・クルーであり、28th・ストリート・ロコスなどからなるバリオ・シャーマンの一員として活動している。
 
 
 そのほかにはRTS(ランニング・ザ・ストリーツ/ショウ)やVDK(ヴァン・ダイク・クルー)などが名前の通った存在であるという。またラッパーのGuzzleなどもSDV(サンディエゴ・ヴァンダルズ)のメンバーであった。SDVは後にVLO(ヴァリオ・ロコ・オテイ)に加わっている。
 
 
 
「サンディエゴ」
サンディエゴのタギング・クルーの歴史
East San Diego
さらに詳しく。ブログ「Brown Kingdom」よりの抜粋である
http://www.ipernity.com/blog/sandiegograffiti/508949
サンディエゴ市ミッド・シティ警察管区のグラフィティについての2000年の報告書。RTSとVDKが二大クルーとのこと
http://www.popcenter.org/library/awards/goldstein/2000/00-28(W).pdf
 
 
 
 
 
・その他
 上記の他にもカリフォルニアには様々なクルーが存在し、都市によってまちまちの在り様を見せている。

 サンノゼではタギング・クルーは古参ギャングのファームクラブとして非暴力的な存在とみなされている一方で、アナハイムにはそうしたクルーから進化し、200名以上の人数を誇るとまで言われるアナハイム・デヴィアス・フッドラムズ・13がいる。
 
 
デヴィアス・フッドラムズ
https://www.urbandictionary.com/define.php?term=devious%20hoodlums
オレンジ・カウンティ最悪のギャング
http://www.topix.com/forum/city/anaheim-ca/TOBMJUVU70L8EQJVJ
サンノゼの新興ギャングはスプレー缶を武器とする
http://www.mercurynews.com/2012/08/27/san-joses-newest-criminal-street-gang-uses-arsenal-of-spray-cans/
司法省の2001年のカリフォルニア中部の麻薬流通についての報告書。18th・ストリートやヴァトス・ロコスなど名だたる面子に並んでデヴィアス・フッドラムズの名前が挙がっている
https://www.justice.gov/archive/ndic/pubs0/668/heroin.htm
  
  
 
 
 
・タギング用語集
プラカ(placa):グラフィティ。刺青の意もある
オール・シティ:町中に作品が見られる有名なタガー
トイ:未熟なタガー
UC・クルー:アンダーカバー・クルー。秘密裏にクルーに所属するもの
ヒーロー:タギングをやめさせようとするもの
ラック:店の「ラック」からの万引きや窃盗
スロウ・アップ:別の色の外枠で囲まれたバブル・レター
ヘブン:危険な高所にあるがタギングには向いた場所
バフ:グラフィティを消すこと
バイト・オフ:スタイルの盗作
ヒット:タギング
エンジェル:故人となった名アーティスト
 
 
 
「タグバンガー」総合参考文献
リチャード・ヴァルデマーによるタグバンガーの解説。タガー用語集もあり、高名なライター「Chaka」についても触れている
http://www.policemag.com/blog/gangs/story/2008/12/taggers-tagger-crews-and-tag-bangers.aspx
MTA
https://en.wikipedia.org/wiki/Metro_Transit_Assassins
LA・リヴァーの歴史
https://www.kcet.org/earth-focus/getting-up-staying-up-history-of-graffiti-in-the-la-river
OFAについての映像
http://www.thegrafflab.com/index.php/about/itemlist/tag/pico%20union
「グラフィティ・イン・ピース」
http://blog.dnevnik.hr/mcpepeljara/2005/08/1615110825/graffiti-in-peace.html
ホレンベック警察管区の2003年のギャング・マップ
http://edition.cnn.com/CNN/Programs/presents/shows/homicide/interactive/map/
LA暴動のころのグラフィティについて
http://www.lariotsallinvolved.com/
「最も偉大な25名のLA・グラフィティ・アーティスト」所属クルーも書いてある
http://www.complex.com/style/2011/10/the-25-greatest-la-graffiti-writers/
10のグラフィティ用語
https://www.widewalls.ch/10-graffiti-terms/
プラカス
http://www.dictionary.com/browse/placas

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