カナダ・バイカーギャング「ケベック・バイカー戦争」
 
 
 
 
・概要
・HAのカナダ進出
・ロック・マシーン結成
・ケベック・バイカー戦争
 ・抗争の経過
 ・抗争の終結
 ・抗争後
・人物
・HA関連組織一覧
・現況
 
 
 
 
 
・概要
 本文はカナダで1994年から2002年まで戦われたバイカー・ギャングの抗争である「ケベック・バイカー戦争」について述べたものである。

 ヘルズ・エンジェルズ(以下基本的にHAと略す)とロック・マシーンがカナダの麻薬市場をめぐって争ったこの戦争はHAの勝利に終わり、彼らはこれにより北米麻薬取引の要所モントリオールにおいてその地盤を確かなものにした。
 HAはその後拡大を続け、2010年代のマフィア-ンドランゲタ間の抗争に乗じて麻薬取引のプレイヤーとしてさらなる上昇を狙っていると見られている。
 
 
 2017年現在ヘルズ・エンジェルズは間違いなくカナダ最大の犯罪組織であり、それのみならず全世界的なネットワークを持つ数少ない「犯罪組織」の一つでもある。

 ケベック・バイカー戦争はそのHAの歴史において、1960年代のジプシー・ジョーカーズとの抗争、1976年からのモンゴルズとの断続的な抗争、中西部の雄アウトローズとの恒久的な対立を規模と過激さにおいてはるかにしのぐ大抗争であり、この抗争を理解することは現代HAを理解するにはまず欠かせないことだろう。
 
 
 
・HAのカナダ進出
 北米組織犯罪の主なプレイヤーの一つとして1970年代以来影響力を強めるヘルズ・エンジェルズが、1930年代以来の麻薬取引において重要な土地であったモントリオールにカナダ最初の支部を持つのは1977年のことであった。
  
 ケベック州では1950年代よりのバイカー・ギャング勃興期を経て、デヴィルズ・ディサイプルズ、サタンズ・チョイスなどがしのぎを削る中、1977年に凶暴で犯罪性の高かったポパイズがヘルズ・エンジェルズに加盟する。

 これにより勃発した第一次バイカー戦争では、サタンズ・チョイスはアウトローズと組んだが、43人を殺害したと自供したイブス・トルードーなどの活躍によってHAは1982年に勝利し、ケベックのアウトローズを弱体化させ1990年代には州外へ追放する。
 HAはさらには他州まで勢力を拡大、アイルランド、イタリア系の犯罪組織とも関係を深めていった。
 
 
 
・ロック・マシーン結成
 HAカナダのクラブ拡張政策の一環として、サルヴァトーレ・カゼッタとモーリス「マム」ブーシェーが設立した白人至上主義のクラブであるSSもまたHAに勧誘されていた。

 しかし1985年の「レノックスヴィルの虐殺」が彼らを思いとどまらせる。
 これはHAがラヴァル支部の6人を麻薬売上金の使い込みをとがめて処刑した事件で、HAの冷酷な犯罪組織への変質を表すものであった。
 処刑を「兄弟」への裏切りと見たカゼッタは激怒し、約1年後弟のジョヴァンニと共にロック・マシーンを結成する。
 
 ロック・マシーンはマフィアから麻薬の供給を受ける中堅クラスの麻薬組織として活動、一方ブーシェーは性暴行による40か月の刑を終えた後HAに加入し、麻薬取引と高利貸の才能でクラブ内で頭角を表していった。
 HAはその後デス・ライダーズのマーティン・フネオルトを殺害するなどし、ローレンシャン地区の麻薬利権を掌握していく。
 
 
 
・ケベック・バイカー戦争
 ヘルズ・エンジェルズ対ロック・マシーンを中心とし、1994年から2002年まで双方の同盟勢力が争った抗争である。推定160名が殺害されたとみられている。
  
 1980年代後半から90年代前半にかけて、HAとロック・マシーンは平穏な関係を保っていたが、1994年にカゼッタがコカイン密輸の罪状で逮捕されると、これを好機と見たHAは一気に攻勢をかけていき、ストリート・クラスのドラッグ・ディーラー達に税金を課し始めた。

 危機を感じたロック・マシーンは、同じくHAに脅かされていた麻薬密売組織ペレティエ・クラン等と反HA同盟を結成し、殺人部隊ダーク・サークルを組織し全面対決の姿勢を見せていく。
 また1994年9月HAのサポートクラブになっていたデス・ライダーズのピエール・ダオウストを殺害し、同じくサポートクラブのイーブル・ワンズ襲撃を計画するなど攻勢を強めていった。

 そして同年10月クランからHAに仕入れを鞍替えしたドラッグディーラーのモーリス・ラヴォイーを殺害すると、HAは報復としてクランのリーダーシルヴァイン・ペレティエを自動車爆弾で殺し返し、カナダ暗黒街史上最大規模の抗争が幕を開けることとなった。
 
 
 
・抗争の経過
 HAは1994年内にロック・マシーン側の7名を殺害している。

 1995年にはシルヴァイン・ペレティエの兄のハロルドがペレティエ・クランの指揮を執るが、彼はブーシェーを殺そうとして失敗し、報復を恐れて10月には保護を求めて出頭する。
 
 
 一方ロック・マシーンはケベック・シティのロバージュ兄弟を味方につけ、HA配下のラウディ―・クルーのクラブハウスや、たまり場としていたナイトクラブを爆破、さらにはブーシェーの相棒ビフ・ハメルを2000年に銃殺する。

 これに対しHAは1999年にはカゼッタの義弟を殺害、カナダ総会長ウォルター・スタドニックの貢献、デス・ライダーズをロッカーズに、サタンズ・チョイスをHAに加入させるなどして対抗していった。

 また抗争中ブーシェーはロック・マシーンと密かにつながりを持ち、組織内での自分の地位を高めるために、反目するHAメンバーの殺害に関与していたと言われている。
 
 
 
・抗争の終結
 大規模な抗争はまた、1995年に自動車爆弾の巻き添えになった11歳の少年ダニエル・デスロシャース、1997年に殺害された看守2名など無辜の市民をも犠牲にしてしまう。
 警察当局はカルカジュー、スプリングタイムなどの頂上作戦を全国的に展開、両勢力ともに多くのメンバーが逮捕された。

 2000年モントリオール・マフィアのボスヴィト・リズートが抗争がもたらす警察の締め付けに耐えられず和解を提案、両勢力はリズートの仲介による和解に一度は同意するが、対立は沈静化しつつも継続していく。

 2001年ブーシェーとスタドニックの2人が逮捕されると、抗争はついに終結へと向かう。
 また抗争の期間を獄中で過ごし統率力を失っていたロック・マシーン創設者カゼッタは2000年代前半にHAに転向した。
 
 
  
・抗争後
・ロック・マシーン
 その後敗色濃厚なロック・マシーンは、2002年にバンディドスに加盟したが情勢は悪化し続ける。
 ついには2006年にバンディドスのトロント支部長ケレステインが南西オンタリオの農場にて8人のメンバーを自ら処刑し、この事件をきっかけにカナダでの活動に終止符を打った。
 ロック・マシーンは2007年にバンディドスを離脱し、数年後ショーン・ブラウンが再起を試みるも失敗し追放されてしまう。

 ロック・マシーンは2008年にマニトバへの進出を試みるも、HAはすでにカナダ全土に根を張っており、2011年からはHA系列のレッドラインドと抗争に入るが、2013年の摘発により弱体化してしまう。

 ロック・マシーンは国外ではアメリカ、ヨーロッパ、ロシア、タイ、そしてアルメニアにまで拡張している。またSSエリートと呼ばれる「親衛隊」を持つとうわさされている。
 
 
 
・ヘルズ・エンジェルズ
 一方HAは2009年に156人が逮捕され、これによって「6人以下の支部の活動を禁ずる」とのクラブの規約が発動し、ケベック州の支部は大半が休眠状態に入った。
 HAはその後勢力を盛り返し、オンタリオ州のみならずカナダ全土で存在感を増しつつあるが、組織内外に争いは絶えず、獄中のブーシェーは二度刺されている。

 2015年にはマフィアを含む大々的な逮捕劇が敢行されているが、現在のカナダには推定450名が存在すると思われる。
 
 
 
・人物

・モーリス「マム」ブーシェー
 ケベック・HAの抗争時の支部長であり、ケベック・バイカー戦争の中心人物として、看守を爆殺するなどの大胆な行動で恐れられた。
 2017年現在は終身刑を宣告され服役中である。

・サルヴァトーレ・カゼッタ
 ロック・マシーンの創設者で、1994年にコカイン密輸でアメリカ当局に逮捕される。
 10年ほどの服役をフロリダで過ごし2004年に獄中にてHAに転向した後は、ケベックHAの最重要リーダーと目されている。

・ウォルター・スタドニック
 オンタリオのコサックス、サタンズチョイスのサポートクラブワイルド・ワンズと渡り歩いた後HAに加入し、1988年にはカナダHAの総会長に就任、カナダのノーマッズ(所属地域なしのメンバー)支部を設立する。
 彼の指導下でHAはアルバータ、サスカッチュワン、マニトバなどにも勢力を拡大した。
 2004年に有罪を宣告され服役していたが、2014年に釈放されている。
 
 
 
・HA関連組織一覧
 HAはカナダ全土にサポートクラブを持っている。

・バイカークラブ
レッドラインド
レネゲーズ
ロッカーズ
ラウディー・クルー
ゲート・キーパーズ

・ストリートギャング
ジグ・ザグ・クルー
シンジケート(モントリオール)
LHS(ウィニペグ)
テラー・スクワッド(サスカトゥーン)

・その他、詳細不明
ヴェンデッタス
キングピン
ダークサイダーズ
トライバル
ベースボール・チーム
ウインド・デーモンズ(ノヴァ・スコシア)
ヴァイキングス(ニューファウンドランド)
ハイランダーズ
 
 
 HAがサポートクラブをどう扱うかの一例にLHS(ロイヤリティー・オナー・サイレンス)がある。
 ウィニペグのホワイトパワー・ギャングLHSはHAの徒弟組織であったが、リーダーのベキム・ゼネリが麻薬の問題でHAに殺害され、その仲間であったジョセフ・ストラチャンはロック・マシーンに加入することとなった。
 
 
参考文献
LHS
https://gangstersout.blogspot.jp/2011/07/lhs-in-winnipeg.html
http://www.onepercenterbikers.com/bacchus-mc-motorcycle-club/
https://gangstersout.blogspot.jp/2013/04/rock-machines-ss-elite.html
ショーン・ブラウン
https://gangstersout.blogspot.jp/2011/01/sean-bad-dog-brown.html
 
 
 
・現況
 トロントのザ・スター紙によるカナダ全土の各バイカー・ギャングの推定構成員数は2016年時点で以下の通りである(ロック・マシーンは記載なし)。

ヘルズ・エンジェルズ:450人
バッカス、アウトローズ:100人
ヴァガボンズ、パラ・ダイス・ライダーズ:45人
デヴィルズ・アーミー:25人
ローナーズ、ヴァゴス:20人
レベルズ:10人

 バッカスによるHAサポートクラブレッド・デヴィルズの吸収、ヴァゴスとアウトローズの対立、オーストラリアのレベルズのカナダ進出、オランダの悪名高いサトゥダラMCのトロント支部開設など話題は多いが、いずれの勢力もHAの絶対的優位を脅かすまでには至らないと考えられている。
 
 
 
 
 
「カナダ・バイカー」参考文献
創生期
http://coolopolis.blogspot.jp/2008/10/heres-photo-from-meeting-of-early-biker.html
ヘルズ・エンジェルズはいかにしてカナダを征服したか
https://www.vice.com/en_us/article/how-the-hells-angels-conquered-canada
https://www.pressreader.com/canada/montreal-gazette/20131205/281625303103078
バイカー戦争10大事件
http://literarytrebuchet.blogspot.jp/2016/07/10-incidents-of-quebec-biker-war.html
サルヴァトーレ・カゼッタ
https://gangstersout.blogspot.jp/2010/03/salvatore-cazzetta.html
デス・ライダーズ
http://www.oocities.org/wiseguywally/DeathRiders.html
バンディドスをカナダから消し去った10年前の虐殺
https://www.thestar.com/news/crime/2016/04/07/the-bandidos-massacre-an-execution-assembly-line-wiped-out-the-toronto-biker-gang-10-years-ago.html
カナダのヘルズ・エンジェルズ
http://news.nationalpost.com/hells-angels-in-canada
マム・ブーシェーの経歴
https://gangstersout.blogspot.jp/2012/08/mom-bouchers-past-history.html
http://www.oocities.org/wiseguywally/SalvatoreBrunetti.html
ロック・マシーンのアルメニア支部
http://www.civilnet.am/news/2016/12/26/Leather-jackets-tattoos-and-motorcycles-Meet-the-Rock-Machine-MC-Club-of-Armenia/305910
バイカ-戦争を麻薬市場から考察したもの
https://spp.revues.org/1028?lang=en
ウォルター・スタドニックとカナダ・バイカーの勃興
https://panamericancrime.wordpress.com/2015/11/24/walter-stadnick-and-the-rise-of-the-international-canadian-biker/
書籍
Montreal’s Irish Mafia DArcy OConnor – 2011 – True Crime

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