LA系ストリートギャング クリップスとブラッズ
 
 
 
 
 
 

 
 
 
・序文
 ・ギャングとしての彼ら
 ・日本的理解
 ・神話の忌避
・概要
・人物・用語・略語一覧
・前史
・クリップス
 ・結成
 ・クリップ・セット/カード
 ・デュース対トレイ
 ・フーヴァー・クリミナルズ
 ・ワッツ休戦
・ブラッズ
 ・結成
 ・ブラッド・セット/バナー
 ・ブリムズ、スワンズ、パイルズ、NHBその他
 ・ブラッズとブラック・P・ストーンズ
・中西部
・ニューヨーク
 ・結成
 ・拡張
・クリップス/ブラッズとフォーク/ピープル・ネーション
・ベリーズ
・終わりに
 ・「Rep Yo Set」の参加ギャング名
 ・どこのセットが一番大きいか
 ・参考資料について
 
 
 
 
 
・序文
 本文はLA発祥の犯罪組織クリップスとブラッズについての短いまとめである。
 両ギャングとも十分有名であるし、日本語ですら今更何も書くことはないかもしれないが、西海岸ギャングスタ・ラップ受難の時代でもあるし、その全体像について日本語でまとまったものがあれば読みやすいだろうと思い、書いてみることにした。
 詳しい人からすると色々と不正確な部分があるだろうが、誹謗中傷を目的としてのものではなく、単なる能力不足なのでそこら辺は大目に見てほしい。この2ギャングなら日系人ではなく日本人で実際にメンバーだった人がいてもおかしくないので、そういう人がいればほどほどでいいから日本語で日本人に向けて情報を発信してくれるとありがたい。

 小説でもないので対象読者層はないが、2015年の映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」でクリップスとブラッズに興味を持った人、あるいは10代のギャングスタ・ラップ初心者あたりに読んでもらえたらうれしいし、少しは役に立つと思う。
  
  
・ギャングとしての彼ら
 本文ではまた、一般のギャング・ウォッチャーが読むに耐えるものを目指した。

 アメリカの有色人種系ストリートギャングはマフィアなどの白人組織犯罪とは存立構造が違い、強固な人種差別によるゲットーの存在を前提としているため、都市貧困の文脈でとらえられることが多い。加えて1980年代からの麻薬渦に乗じて拡大したために、メディアでは麻薬戦争の脇役的な存在として描かれることがほとんどである。
 何よりも各セット(組)についての体系的な報道が少ないので、過去数十年にわたって頻発してきた暴力犯罪は個々の人物・団体の動向によって語られるのではなく、「黒人青少年犯罪の増加」といったあいまいな理解をされてしまいがちである。

 しかしこういった漠然とした印象は、クリップス/ブラッズ連合を構成する個々のギャングたちの選択の結果でしかありえない多様性を見逃している。

 あるセットはアメリカン・イスラームと関わり、あるセットは中米の小国を通してNYと関わり、またあるセットは高名な麻薬王と関わっていた。
  
 クリップス/ブラッズは基本的にLA黒人主流社会のギャングであるが、そのほかにもソマリア人、ハイチ人、ベリーズ人などの黒人傍系民族のほか、カンボジア人、ベトナム人などの東南アジア系、そしてポリネシア系など無数の諸民族に多くのメンバーを抱え、その実態はともあれ、北米を超えて世界中にセットが広がっていった。
 その影響力、多様性においてクリップス/ブラッズは北米大陸を代表する犯罪組織の一つと言っていいだろう。
  
 
・日本的理解 
 その一方で、洋の東西を超えて日本の組織犯罪でよく見る風景もある。
 例えば巨大連合体クリップス内部のローリン・60s対ETG、あるいはフーヴァー・クリミナルズによる内紛は、同じく巨大組織である山口組に起こった諸々の内輪もめを連想させるし、マフィア・レーンズ/デンヴァー・マフィアズなどの同盟には「五分の兄弟分組織」という表現もできるだろう。

 またクリップス/ブラッズは、あえて日本風に表現するなら「一次団体」である。
 例えば上記ローリン・60sは、より詳細にはローリン・60s・ネイバーフッド・クリップスというのだが、クリップスが一次団体、ローリン・60sが二次団体、そしてその支部アヴェニューズが三次団体であると考えることもできる。「ネイバーフッド」は独立組織の寄り合いであるので、その意味では、関東二十日会のようなものと言えるかもしれない。

 自分でも言っていてちょっと無理がある気もするが、他文化に属する犯罪組織との比較対照は、クリップス/ブラッズ理解の一つの方法としては悪くないだろうということである。
 
 
・神話の忌避
 ところでクリップス/ブラッズについては何度も似たような話が語られ再生産されているのだが、本文はそれを避けるために内容的にいくらか偏ったものになった。
 たとえばクリップスの結成話やLA暴動にワッツ休戦、ラッパーとギャングの関わりといったことについては神話的な物語が流布しているのだが、ここでその是非を判断するのはできれば避けたい。ギャングに伝説は付き物だし、カリフォルニアの社会問題は本文で扱うには巨大すぎる。ハンドサインやターフもそれっぽい言葉で検索して出てくるグーグルマップの地図やYoutube動画を見た方が分かりやすいので避けた。
 ましてやスタジオ・ギャングスタ論争なんて不毛極まりない。アイス・キューブは偽物でケーケ・ロコ(Keke loco)が本物だなんて、当のギャングの側から見てすらおそらくどうでもいい話である。ハーレム・クリップスのメンバーでラップ・マニア以外にケーケ・ロコの音源を聞いている人はほとんどいないだろう(念のために言っておくと、彼はかなりの良曲を作っている)。

 上記の事は書き始めると長くなるし、犯罪組織としては枝葉の部類に入ると思うので基本的に無視した。クリップス/ブラッズの詳細なファミリー・ツリーを書く能力はないが、せめて大まかな流れだけでも抑えておこうというのが本文の趣旨である。
  
 加えて本文では、日本語圏でもそれなりに知られていることだけではなく、どちらかというとマイナーなことについて多く書いた。シカゴの二大ネーションとのかかわりやイーストコースト・UBNの成り立ちなどはともかく、ベリーズ周りのことは意識していない人も多いと思うので、ここらのことはあらかた知っているという人はここを読んだら面白いかもしれない。
 またカナダについては前に書いたので、日本語で読みたいという人はそちらを参考にしてほしい。

 本文を書く動機の一つになった、2008年に出されたドキュメンタリーかつオムニバスCDの「Rep Yo Set」は、各セットから一曲ずつ提供されているが、両ギャングを概観できる良曲ぞろいの優れた作品であるので、興味があればお勧めしたい。
 
 
 シカゴと同じく、LAの黒人ギャングたちも衰亡の一途か、それとも雌伏の時を過ごしているのかは全く分からないのだが、今後アメリカの黒人文化から彼らの記憶が失われることはないだろうし、そうであればそのうちこういうまとまった文が役に立つこともあるだろう。
 
 
 
 
・概要
 本文ではLA発祥の黒人ストリートギャング間の同盟関係である「クリップス」と「ブラッズ」について、文化・思想的側面を脇に置き、主に犯罪組織としての面を重点的に述べる。LA外へ拡張したセットは個々の都市の裏社会史に属すると思うので省略するが、シカゴとNYとベリーズについては述べる。

 文章を読みやすくするため、原則としてクリップスの項ではギャング名の最後につく「クリップス」は省略、ブラッズの項では「ブラッズ」は省略し、また略語も頻繁に使用する。
例:エイト・トレイ・ギャングスター・クリップス→エイト・トレイ・ギャングスターズ(ETG、83)
 また日本語の情報を増やすために、ギャング名は多少無理があってもカタカナで書くこととする。
 
 
 参考資料は各章の末尾に付す。
 
 
 
・人物・用語・略語一覧
レイモンド・ワシントン=イーストサイド・クリップスの創設者
スタンリー・ウイリアムス「トゥッキー」=ウエストサイド・クリップスの創設者
マック・トーマス=コンプトン・クリップスの創設者
サニヤ・シャクール=「モンスター」・コディ・スコットの名で知られるエイト・トレイ・ギャングスターズの一員
オマー・ポーティー「OG・マック」=イーストコースト・UBNの創設者
T・ロジャーズ=ブラック・P・ストーン・ジャングルズの創設者
ジメル・バーンズ=アヴァロン・ガーデンズ・クリップスの創設者
アンジェロ・ホワイト「ベアフット・プーキー」=ガーデナ・ペイバック・クリップスの創設者

C、B=クリップス、ブラッズ。しばしば他の単語で代用される。
NH=ネイバーフッド。フッドとも言い「地元」程度の意味である。スペイン語ではヴァリオ、バリオ。
w/s、e/s=ウエストサイド、イーストサイド。主にLAサウス・セントラルの地区を指す。
ターフ=縄張り。フッドと違い麻薬取引の文脈で使われることが多い。
ドライブ・バイ(シューティング)=車で乗り付けての銃の乱射。

・ブラック・ゲリラ・ファミリー
 ブラック・パンサー党から分かれたプリズン・ギャングである。

・フォーク/ピープル・ネーション
 シカゴに由来するギャング同盟である。
フォークス=ギャングスター・ディサイプルズ、ブラック・ディサイプルズ、ラテン系ではMLDs、ISCs、IGzなど
ピープル=ヴァイス・ローズ、4・コーナー・ハスラーズ、ブラック・P・ストーンズ、ラテン系ではラテン・キングス、サタンズ・ディサイプルズなど

・サレーニョス/ノルテニョス
 ヒスパニック系プリズンギャングであるラ・エメとヌエストラ・ファミリアの対立に起因するカリフォルニア州の南北対立が産んだギャングの区分である。本文ではほとんど触れていないが、黒人ギャングとは様々な確執があるという。

 その他多数あるが、多すぎるのでここらで断念。
 
 
 
  
・前史
 アメリカ西海岸随一の巨大都市ロサンゼルスには1920年代から黒人の「クラブ」が現れていたが、彼らは少人数が徒党を組んだだけの存在でしかなかった。戦後黒人人口が増加すると、KKKやスプック・ハンターズなどの白人ギャングの攻撃から身を守るために、ギャングがぽつぽつと表れ始めてくるが、彼らの武器はまだナイフなどの殺傷力の低いものだった。
 やがて1950年代からはワッツ・ファーマーズ、グラディエーターズ、スローソンズなどのより大規模なギャングが登場し、その中でも1955年のブラッド・アリーは赤い旗を掲げて「ブラッド」の名で知られ、その後15年にわたって存続したという。これらのギャングのメンバーには、1965年のワッツ暴動の後に黒人運動に参加したものも多く、例えばスローソンズのレロイ・ハッチンソンその他多くのメンバーはブラック・パンサー党の分派であるブラック・ゲリラ・ファミリーに加わった。
 そしてブラック・パワー運動の落日とともに、新世代の黒人ギャングが姿を現してくる。

「前史」参考資料
http://www.streetgangs.com/crips/blackgangs1920s
https://web.stanford.edu/class/e297c/poverty_prejudice/gangcolor/lacrips.htm
http://www.streetgangs.com/crips/blackstreetgangs
http://www.geocities.ws/jiggy2000_us/1blackgangs.html
 
 
 
 
 
・クリップス
 クリップスは2017年現在アメリカ黒人犯罪者社会の最大勢力である。
 
・結成
 テキサスからイーストLAへと移住してきた黒人少年レイモンド・ワシントンは伝説的なボディビルダーのクレイグ・ムンソンとその兄弟が率いていたアヴェニューズに加入しようと考えたが、それを許されずに1969年ベイビー・アヴェニューズを創設し、その後アヴェニュー・クリブズと改名した。

 クリブスはやがて、レイモンドの兄レジーと取り巻きの一人の足が不自由だったことから、クリップル(身体障がい者)を縮めた「クリップス」と呼ばれ始め、これを気に入った本人たちもクリップスを自称し、杖を武器に使うなどしている。
 クリップスはしかし、LA・ブリムズやチェイン・ギャングなどの古株ギャングに悩まされていたこともあり、単なる不良集団にとどまらないより強力なギャングへの成長を図ろうとしていた。
 1971年にスタンリー「トゥッキー」ウイリアムズがウエストサイド・クリップスを結成し、マック・トーマスのコンプトン・クリップスを加えた3セットでクリップス「連合」が改めて組織された。
 
 
 1972年3月20日、テレビ番組ソウル・トレインのハリウッドでのイベントに出かけたコンプトン・クリップスのジェームズ「カズ」カニンガムは、そこである少年の着ていたレザージャケットに目をつける。
 ギャングの隠語であるカリフォルニア州刑法の条例番号を使いこう言った。

「単なる211(強盗)だ。187(殺人)にさせんなよ」

 カズは口癖となっていた脅し文句をつぶやき、ジャケットを奪い取るために少年を殴り始める。しかし少年の友人であったロバート・ベルーは果敢にもカズに立ち向かい、カズが連れていたジャドソン・ベーコット他数名のギャングから激しい暴行を受け死亡する。

 恐怖に満ちた目でこのリンチを見ていた少年の一人は、その日の深夜警察の調査にこう答えた。

「あれはクリップス」だ。クリップスがやった」
 
 
 この殺人はLA中にクリップスの悪名を知らしめ、ギャングの拡大に大いに役立ったが、過剰な暴力に反発したパイルズによるブラッズ結成の原因にもなった。
 「カズ」はトゥッキーの親友でもあり、クリップスが今日に至るまで常用する挨拶「What up,cuz」はトゥッキーの口癖に由来するという。またシンボルカラーとなっている青は、1973年にウエストサイドのメンバーのクリス「ブッダ」モローが殺害され、ギャングたちが追悼の意を表するために、故人が好んでいた青づくめの服装をしたことに由来するという。

 クリップスは旧世代のギャングたちに対抗するために、暴力的な抗争による拡大のみならず、既存のギャングの自由な加入を許可することによって巨大化した。よって一般的にlegit(直系)の是非を問う風潮はなく、カリフォルニア州外の多くの地区で拡張出来たのはこの自由な気風によるところが大きいと思われる。

 このようにしてクリップスは爆発的に勢力を伸ばしていき、脅威を感じた他ギャングがブラッズを設立すると、今日まで40年以上続くアメリカ史上最大のギャング抗争が始まることとなった。

 とはいえ、1974年ワシントンが投獄されると、政府の青少年矯正への努力も相まってギャングの暴力は収まるかに見えた。この間ワシントンは獄中でのブラック・ゲリラ・ファミリーとのいさかいもあり、刑務所から釈放された後は新世代のクリップスについていけずにバイク・クラブとつるむようになっていたという。
 
 
 しかし1979年ワシントンが殺害され、トゥッキーが4件の殺人罪により投獄されると、LAのクリップス連合は勢力拡大と同時に内部崩壊していく。それまでにもけして固い結束を誇っていたわけではないクリップスは、イーストサイド・クリップスの分派イーストコースト・クリップス対フーヴァーズ、ウエストサイド・クリップスの分派同士のローリン・60s対ETGなど対ブラッズ以上の内戦に突き進んでいくことになる。

 1980年代に入りクラックが蔓延すると、クリップス拡大はその速度を増していく。
 LA郡内だけの数字でも、1972年にはたった8セットだったクリップスが、1978年に48、1982年には109、世紀の終わり目には199を数えるまでになり、それにつれてギャングの暴力は過激化し、ブラッズとの抗争件数は1982年から1984年にかけて飛躍的に上昇した。
 また両ギャングは麻薬取引のために他都市に移り住み、対立は南カリフォルニアの外にまで広まっていく。1988年映画カラーズの公開によってLAのストリートギャングが認知度を高めたが、主に注目されたのは両ギャングであり、その後のギャングスタ・ラップの流行も追い風となり、彼らはアメリカのみならず世界中に勢力を拡大していった。

 この間にストリートでの麻薬取引は、路上での手売りからクラックハウスを経て、80年代末期にはポケベルへと、より逮捕リスクの少ない方法へと移り変わっていったという。
 
 
 
・「クリップス結成」参考文献
クリップスの歴史
http://www.geocities.ws/jiggy2000_us/criphistory.html
ハリウッド・レザージャケット殺人
http://www.krikorianwrites.com/blog/2014/11/29/the-hollywood-leather-jacket-murder-part-one
http://www.krikorianwrites.com/blog/2015/12/23/v311v0nr7x2m62qq172j44nbdvdf9y
消滅したサイトgangsorus.comからクリップスとブラッズについての項。「クリップスの10の神話」など
https://web.archive.org/web/20120221120442/http://www.gangsorus.com:80/crips_bloods_history.htm
トゥッキーは「クリップス」の創設メンバーかどうか
http://www.laweekly.com/news/tookies-mistaken-identity-2141272
レイモンド・ワシントンとクリップス
https://chancellorfiles.wordpress.com/2007/05/21/raymond-washington-and-the-crips/
「クリップスのセット」
某匿名掲示板をソースに日本のセットまでもが書かれていたりする
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Crips_subsets
http://hiphopdatabase.wikia.com/wiki/List_of_Blood_sets_worldwide
クリップスのセット数についての資料
https://www.springsgov.com/Files/The-Gang-Culture-of%20the-United-States.pdf
初期のクリップスについては2017年時点では以下のスレッドが最も有用と思われる
streetgangs.com「Crip history Eastside, Westside, Compton, who came 2nd?」
 
 
 
 
・カード/アンブレラ
 クリップ同盟内同盟のことであり、階層別にカードはトレイ、デュース、アンブレラはイーストコースト、ローリン・0sなどが存在する。この「0s」というのは、一般的にはセントラルLAとサウスLAの境界線と考えられている10フリーウェイから南へ向かっての通りの番号を指す。
 
 
 1970年代中は順調に勢力を拡大してきたクリップスは、しかし同盟ギャング間での内紛が絶えないままに、1979年にはワシントンの殺害とトゥッキーの投獄により強力な統率力を持ったリーダー2人を失ってしまい、対ブラッズに匹敵する熾烈な内戦状態に突入することになった。

 そのうちの一つはクリップス史上最も悪名高い内戦である「ローリン・60s対ETG」及びこの対立から発展した、旧サウス・セントラルを二分する110フリーウェイを軸として戦われた「デュース対トレイ」である。
 
 
・デュース対トレイ
 1979年のETG(=83)創設メンバーであるジェフリー・ベーコットの殺害によって決定的になった「60対83」の以前からの対立が、クリップスの故地であるイーストサイドと、より富裕で強力なウエストサイドの格差を背景として拡大していった抗争である。

・デュース(2)
 ローリン・60s・ネイバーフッド・クリップス(R60NHC)中心の連合体であり、110フリーウェイの西(ウエストサイド)でより強い勢力を持っている。

・ネイバーフッド・クリップス・アンブレラ(NHC)
 ローリン・60s・ネイバーフッド・クリップスについていったギャングたちである。

・ローリン・Os・アンブレラ
 ・ローリン・60s・ネイバーフッド・クリップス(R60NHC)
 トゥッキー・ウイリアムズの創立したウエストサイド・クリップスの直系であり、1974年に結成され、1400名のメンバーがいると推定されている。
 ・ローリン・100s

 ・ハードタイム・ハスラーズ・アンブレラ

 ・ローリン・30s・オリジナル・ハーレム・クリップス(R30OHC、ダート・ギャング)
 旧ハーレム・ゴッドファーザーズであり、最低でも700人のメンバーを持っている。
 「ハーレム」の由来は、一説では1960年代にベリーズ系移民がNYのハーレムで結成した後、犯罪者移送によってベリーズに送り戻され、そこからLAに移ったためにこの名前になったという。
 
 真偽を確かめるすべはないのだが、アレックス・アロンソは「Top Ten Oldest Crip Street Gangs in Los Angeles (Part 2)」で創設者の1人「ビッグ」・ジェームス・ミラーがNYから来たという話を語っている。ttps://www.youtube.com/watch?v=J0m3xdkgic4
 ウエストサイド・クリップスの創設メンバー「ベアフット」プーキーのインタビューでは、ゴッドファーザーズを勧誘してゴッドファーザー・クリップスを始めたいきさつが語られている。ちなみに同インタビューではドーシーという日系人のことについても触れられている。ttps://www.youtube.com/watch?v=Nx3NTxUn0C4
 また、クリップス系最初期のラップグループNOTSのケーケ・ロコはここのセットの関係者であった。

・イーストコースト・クリップス・アンブレラ
 イーストサイド・クリップスの直系であり 近年はラテン系の巨大勢力フローレンシア13との抗争で名を馳せた。
 
・マフィア・クリップス・アンブレラ
 
  
 
・トレイ(3)
 エイト・トレイ・ギャングスター・クリップスの率いる連合体であり、ETG自体はウエストサイドのギャングながら、110フリーウェイの東(イーストサイド)に位置するギャングが多く加盟した。

・ギャングスター・クリップス・アンブレラ
 ・エイト・トレイ・ギャングスターズ(83、ETG)
 ウエストサイド・クリップスの分派であり、ローリン・60sと同じく1974年に結成された。NHCとの対立のために、ブラッズとはあまりもめ事を起こさない傾向があるという。「モンスター」コディ・スコットの所属セットもここの一つである。
 
 ・アヴァロン・ギャングスターズ
 トゥッキー・ウイリアムスの友人ジメル・バーンズがイーストサイドのアヴァロン・ガーデンで結成した、クリップス初期からのセットの一つである。
 
・コンプトン・クリップス・アンブレラ(CC・ライダズ)
 コンプトンはクリップスオリジナル3セットのうちの一つであった。
 
・インセーン
 
・ブロック(BLOCC、CK=Crip Killerを避けるためと思われる)
 かつてはアンダーグラウンド・クリップスを名乗っていた。
 
 
 
・ワッツ休戦
 グレープ・ストリート・ワッツ・クリップスはバウンティー・ハンター・ブラッズ及びPJ・ワッツ・クリップスと激しい戦いを繰り広げていたが、1992年にPJ・ワッツのトニー・ボガードによって和平が提案され、いったんはギャングたちにコミュニティの再生を目指して受け入れられた。
 しかしトニー・ボガードは1994年PJ・ワッツ内の主戦派によって殺害され、さらには抗争が収まるとともに鳴り物入りでやってきたコミュニティ援助団体は去っていき、無数の市民たちの努力は無に帰しつつあるという。

・フーヴァー・クリミナルズ
 クリップス同盟に入ったもう一つの亀裂は、フーヴァー・クリミナルズの「独立」である。
 1965年以前のウエストサイドで最も恐れられていたギャングの一つフーヴァー・グルーヴァーズであった彼らは、ウエストサイド・クリップスのカーティス・モローがリル・チョコレートを殺害したために一時険悪な関係となったが、その後何とか和解に至り、フーヴァーズはクリップスに加盟してフィゲロア・ボーイズと戦っていくこととなる。
 フーヴァーズは1979年からのデュース対トレイではトレイ/ETGについてフーヴァー・ギャングスター・クリップスに改名しており、特に1979年にレイモンド・ワシントンが殺害された際には、彼が設立したイーストコースト・クリップス(デュース側)に犯行を疑われて執拗な抗争に突入することになってしまう。
 80年代を通じて最も凶暴なギャングの一つであり続け、麻薬王「フリーウェイ」リック・ロスとも繋がりを持っていたと言われるが、90年代に入るとついにはクリップスを脱退し、全方位敵対の姿勢を見せフーヴァー・クリミナルズと名乗ることになった。

・52・フーヴァー・ギャングスター・クリップス
 フーヴァー・クリミナルズ及びギャングスター・クリップスの両アンブレラに属し、フーヴァーズでは唯一のクリップス同盟にとどまったサブセットである。

フーヴァー・クリミナルズ
http://www.geocities.ws/jiggy2000_us/1hoovercriminal.html
 
 
 
「クリップス/ブラッズ」参考文献
全体
http://www.hipwiki.com/Crips
http://www.hipwiki.com/Bloods
http://crip-knowledge.com/
http://blood-knowledge.com/

1980年までのクリップスの歴史
http://www.geocities.ws/jiggy2000_us/criphistory.html
クリップス/ブラッズの全体像
http://naaila-bloodpiruknowledge.blogspot.jp/2010/08/bloods.html
http://naaila-bloodpiruknowledge.blogspot.jp/2010/07/crips-bloods-and-crack-1980s.html
http://westsidewatch.blogspot.jp/2008/11/short-history-of-crips-and-bloods.html
http://www.therealstreetz.com/2016/01/04/los-angeles-ghetto-story/
http://crimeandcriminalsblog.blogspot.jp/2006/08/us-street-gangs-crips.html
両ギャングの簡易年表
http://www.pbs.org/independentlens/cripsandbloods/timeline.html
デュースとトレイ
Deuces And Trays
フーヴァー・クリミナルズ
http://www.geocities.ws/jiggy2000_us/1hoovercriminal.html
http://www.urbandictionary.com/define.php?term=Hoover%20Criminal%20Gang
エイト・トレイ
http://www.streetgangs.com/crips/83gc
http://www.geocities.ws/jiggy2000_us/83.html
ラッパーとギャング
Rap Genius Rappers And Their Gang Affiliations
https://genius.com/4378929
ワッツ休戦の裏側の入り組んだ事情についてコメントされている
http://www.scpr.org/news/2012/04/28/32221/forget-la-riots-1992-gang-truce-was-big-news/
LAのトップ10ギャング2007年版
http://www.streetgangs.com/features/los-angeles-names-top-ten-gangs
http://www.streetgangs.com/billboard/viewtopic.php?t=264
ブラッズ主要人物一覧
http://www.geocities.ws/jiggy2000_us/a-bloods-gallery.html
Herbert Covey「Crips and Bloods: A Guide to an American Subculture」
「ハーレム・クリップスはベリーズ人が始めた」出典:
thehoodup.com「BELIZE BLOODS & CRIPS」
https://thehoodup.com/board/viewtopic.php?t=24018&start=20
「rollin 30s harlem mafia crip」
https://thehoodup.com/board/viewtopic.php?t=9319&start=40
「Harlem 30s crip started in B3lize」
https://thehoodup.com/board/viewtopic.php?f=23&t=140190
 
  
 
  
 
 
・ブラッズ
 ブラッズはクリップスへの対抗同盟として結成された。

・結成
 1971年のクリップス同盟の結成と拡大によって、LAブリムズなどの非クリップス組織はクリップスからの熾烈な攻撃を受け始めた。そのうちの一つパイル・ストリート・ボーイズは一時はクリップスに加入していたものの(異説あり。初期メンバーは全員が否定しているという)、72年にロバート・ベルーの「レザージャケット殺人」が起こり、以前より一般市民への暴行に強く反対していた彼らは、これによって他クリップスと袂を分かち抗争に突入する。

 パイルズはその後、ルーダース・パーク・ハスラーズ、デンヴァー・レーンズ、プエブロ・ビショップス、LA・ブリムズ、スワンズ、チェイン・ギャング、バウンティー・ハンターズなどの反クリップス派のギャングを集め連盟を結成した。
 新連盟は若手ギャングを示す俗語「ヤングブラッド」からとられた名前でブラッズと呼ばれることとなり、クリップス同様参加したいと思うものは参加していいということになった。

 ブラッズはクリップスに強い敵愾心を持ち、しばしば単語中のアルファベットのCをBに変えている(例:Compton→Bompton)。クリップスと同じく、1980年代にはテキサスの刑務所などを通してカリフォルニア州外にも拡大している。

 2007年の時点でLA郡内にクリップス200セットに対してブラッズは70セットと劣勢に立たされているが、ローリン・20sのテレル・ライトによると、ブラッズは対クリップスの点では結束が固く、またクリップス内の「部族主義」による内戦にも助けられて勢力の拡大に成功してきたという。
http://www.streetgangs.com/features/how-70-blood-gangs-exist-in-a-pool-of-over-200-crip-sets
 
  
 
・ブラッド・セット/バナー
 ギャング内の同盟のことである。旗によっては赤以外のシンボルカラーを用いることもある。

・UBN(ユナイテッド・ブラッド・ネーション)、
 1970年代に西海岸刑務所内で設立された組織であり、西海岸の他に東海岸、中西部、南部に分かれて存在している。 最も強力な東海岸のUBNについては後述する。

・ブリムズ
 ブラッズ以前からウエストサイドに存在するLAブリムズがブラッズの一部として発展したギャングである。
 ・ヴァン・ネス・ギャングスターズ(VNG)
 ・ハーヴァード・パーク
 ・フルート・タウン(ブリムズ)
 フルート・タウン・パイルから派生した。
 そのほかNYではマック・ボーラー・ブリムズが500人を超える大勢力となっている。

・ファミリー・スワン・ネーション
 マッド・スワンズとネイバーフッド・ファミリーの連合体。スワンズは元イーストサイド・クリップスである。

・ネイバーフッド・ブラッズ(NHB)
 ・ローリン・20s・ネイバーフッド・ブラッズ(R20NHB)
 1950年代のブラッド・アリーからw/sのターフを受け継いだギャングである。
 ・ローリン・20s・アウトローズ
 アレックス・アロンソによると、1950年代後半に結成されたアウトローズが転向した、ブラッズ最古のギャングであるという。

・マフィア・レーンズ/デンヴァー・マフィアズ
 ・デンヴァー・レーンズ(フィゲロア・ライダーズ)
 ・クレンショウ・マフィア・ギャングスターズ
 互いに友好的な2つの組織である。1990年代から活動しているダム・ライダズはラップ・グループでありながら実に15人のメンバーが殺されているのだが、彼らの大半がこの2つのギャングに所属していた。
出典: http://www.kanyetothe.com/forum/index.php?topic=3340705.0

・ブラッドストーン・ヴィランズ
 かつてはプエブロ・ビショップスと友好的だったが、現在は対立関係にある。ギャング名は70年代R&Bグループのブラッドストーンから名付けられた。

・パイル
 クリップス以前から存在する強力な組織であり、後にブラッズに加入した後も一定の独立性を保っている。コンプトンで強い勢力を持ち、piruはストリート名と同時にcをuに置き換えたcripのアナグラムでもある。
 ・ウエストサイド・パイル(WSP)
 サウスLAではなくコンプトンのウエストサイド地区のギャングで、サモア系の多いカーソン支部はブーヤ・トライブを輩出した。
 ・パイル・ダム(スワヒリ語でブラッド)・ブラッズ
 ・ブラッドストーン(パイル)
 別称ローリン・30sとして、ローリン・Os・ブラッズの一員でもある。
 ・コンプトン・P・ファンク・ライダズ
 シュグ・ナイトとの関係で有名になった。ファンクはもめ事の意。
  ・セダー・ブロック
 ザ・ゲームのセット(?)
 ・ルーダース・パーク(旧ハスラーズ)
 MOBとの同盟はルーダース・パーク・モブ・パイルと呼ばれる。
 ・MOB(マニー・オーヴァー・ビッチズ)
 シュグ・ナイトの地元イーストサイド・コンプトンのギャングで、2PACによって有名となった。
 ・カンパネラ・パーク
 ・フルート・タウン(パイル)
 ・ツリー・トップ(TTP)
 DJ Quikが所属していたことで知られ、ボルティモアの支部も悪名高い。
 
 
・バウンティー・ハンターズ(旧グリーン・ジャケッツ)
 ワッツで活動し、グレープ・ストリート・ワッツ・クリップスと敵対している。ワッツ休戦の立役者の一つ。

・プエブロ・ビショップス
・ビーバップ・ワッツ

・イングルウッド・ファミリー(旧チェイン・ギャング)
・ブラック・P・ストーン・ジャングルズ/シティ(後述)
 
 
・ブラッズとブラック・P・ストーンズ
 シカゴのブラック・P・ストーンズのメンバーであったT・ロジャースは12歳でLAに移住し、現地で参加したギャングであるジャングル・ボーイズをジャングル・ストーンズと改称する。やがてLAブリムズの傘下に入るとブラック・P・ストーン・ブリムズを名乗るようになっていき、1972年のブラッズの結成についていくかたちで、ブラック・P・ストーン・ブラッズが設立されることとなった。

 BPSブラッズは五角星を使用するなどのBPS/ピープル/ムーア人科学寺院の文化をLAに持ち込み、次第にブラッズは各地でピープル・ネーションと密接な関係を持つようになっていく。ヴァージニア州警察は報告書で彼らをピープル・ネーションに参加する一ギャングとみなしているが、ただしパイル、ブリムズなどはこの関係を快く思っておらず、ピープルからは独立を保っている。

 クレンショウを縄張りとするBPS・ジャングルズは1994年に18th・ストリート・ギャングとの抗争を開始し、後に分派のBPS・シティ、ローリン・20s・ネイバーフッドやフルートタウン・ブリムズも加わった。

https://info.publicintelligence.net/BloodsStreetGangIntelligenceReport.pdf
BPS・ジャングルズ
http://www.rapdict.org/Black_P._Stones_Jungles
 
 
 
 
・中西部
・シカゴ
 LAと並び北米ストリートギャング界の震源地であるシカゴでは、クリップス/ブラッズともに強い影響力は持っていないが、その中ではブラッズの方がやや目立った存在である。

・アウトロー・ロコ・ブラッズ
 LAのアジア系中心のオリエンタル・レイジー・ボーイズの分派アウトロー・ロコ・ブラッズは、東南アジア系のメンバーを中心として、ブラック・P・ストーンズの仲介により、ピープル・ネーションの庇護の下で活動している。
 アジア系では最大勢力で、他のアジア系ギャングを多数壊滅させたそうである。
出典:thehoodup.com「CHICAGO BLOODS PICS & VIDS」「BLOODS IN AND AROUND CHICAGO」

 また、おそらく1990年代中盤と思われる日本版プレイボーイ・マガジンに、Stuart Isett(スチュアート・アイセット)氏によるOLBsの記事が載っていたようだが、詳細は不明である。
 
  
 
・ベリージアン・ブラッズ(シカゴ)
 1940年代初頭からシカゴに定住し始めたベリーズ系移民は、親戚や民族団体を通じて故地と強いつながりを保ちつづけてきた。ベリーズ自体は平穏な小国ながら、その犯罪者たちは犯罪者移送を通じてLAやNYなどのギャングとつながっており、首都ベリーズ・シティではブラッズが優勢であるために、米国内の同胞たちも多くはブラッズとして活動する傾向があった。
 こうして生まれたベリージアン・ブラッズは、シカゴ北の小都市エヴァンストンを根城として、イリノイ州のみならずユタ州ソルトレークシティーにも活動の場を広げている。
  
 
 その他、カンザス・シティのフレモント・ハスラーズ・クリップスについては、マーク・フライシャーが興味深い調査を行っているという。
 
 
 
・「シカゴ」参考文献
シカゴで新来のカンボジア系がフィリピン系と抗争しているという記事
http://articles.chicagotribune.com/1996-03-03/news/9603030289_1_gangster-disciples-filipino-southeast-asians
クリップスがシカゴを侵略するかもしれないという1991年の記事
http://articles.chicagotribune.com/1991-11-09/news/9104100838_1_crips-gang-officers-suburbs
シカゴ側からの視点で両勢力の「同盟」について記録されている
http://www.ngcrc.com/ngcrc/page14.htm
 
 
 
 
 
・ニューヨーク
・結成
 NYで生まれた「OG・マック」ことオマー・ポーティーは、ブロンクスのワン・エイト・トレイ・ギャングスターズのメンバーだったが、1988年17歳で強盗罪でライカーズ島に服役した後1991年にLAに移り、親類がいたミラー・ギャングスター・ブラッズに加入する。その後NYに戻った彼は、自身が所属していたワン・エイト・トレイ・ギャングスターズをブラッズに加入させるが、数か月しないうちに殺人未遂罪によってまたもライカーズ島に送られてしまう。
 
 
 1993年当時のライカーズ島刑務所では、ブラッドライン(NY)・ラテン・キングスとニエタスなどのヒスパニック勢力が分裂状態で数に劣る個々の黒人ギャングを圧迫していた。これに対抗するため、OG・マックは西海岸のブラッズに範を取り、ユナイテッド・ブラッド・ネーション(UBN)を連合体として立ち上げることとなった。

 UBNはまずOG・マックのワン・エイト・トレイ・ブラッズ、そして弱小ギャングが集まったナイン・トレイ(93)ギャングスター・ブラッズがその基礎となった。そしてレオナルド「デッドアイ」マッケンジーのギャングスター・キラー・ブラッズ(GKB、G-シャイン)のほかに、ユニヴァーサル・ズールー・ネーションの第4支部がヴァレンタイン・ギャングスター・ブラッズに改名、伝説的なギャング「ピストル・ピート」ことピーター・ポラックのセックス・マネー・マーダー(SMM)が加入するなど、計5セットによって東海岸のUBNが結成される運びとなった。

 現在のブラッズの優勢の基礎は、こういった既存の諸組織の乗り換えによって築かれたものであり、現在の東海岸においてはブラッズはクリップスの3倍の規模を誇ると言われている。
 
 
・拡張
 こうして生まれたUBNはラテン・キングスとニエタスのみならずDDP(ドミニカンズ・ドント・プレイ)、トリニタリオスとも互角に渡り合うことができた。UBNは高度に組織化された彼ら敵ギャングと戦うために西海岸よりはるかに細分化された組織構造を持つことになっていく。

 UBNにはまた5パーセンターズ、もしくは彼らを構成員とする「ゴッド・ボディ」も多く加入した。5パーセンターズはネーション・オブ・イスラムの分派である「ネーション・オブ・ゴッド・アンド・アース(NGE)」の信奉者であり、ゴッド・ボディは1976年にライカーズ島で彼らの自衛のために結成された組織である。そのためUBNの五角星はBPS/ムーア人科学由来の西海岸のそれとは違い、NGEの教義で「A,L,L,A,H(Arm,Leg,Head)」を示しているという。詳しくは後述する。

 ちなみにピープル/BPS/ウェストコースト・ブラッズの場合は頂点から時計回りに愛、真実、平和、自由、正義を象徴し、フォークス/クリップスの六角星は愛、人生、忠誠、知恵、知識、理解をそれぞれ象徴するという。
 
 
 やがて獄中のメンバーが出所する時期になると、イーストコースト・UBNはさらに勢力を強めていき、2007年時点では5000人以上のメンバーを持っていると推測されている。また同名のLAギャングにあやかって結成されたNYブリムズ4セットのうち、2001年に創立された最大勢力マック・ボーラー・ブリムズは、500名を優に超えるメンバーを持っているという。

 イーストコースト・UBNは南部にも拡張したが、地理的条件によって支部の制御は難しく、GKBのほかSMMの分派アトランタ・ブラッド・ギャングなどが独立した組織として活動している。またヴァレンタイン・ブラッズはヴァージニア州内に100名ほどのメンバーを持つ。
 
 
 一方クリップスの方は、1989年、あるいは遅くとも1993年にベリーズ人脈を通してまずハーレム・マフィア・クリップスが結成され、続いてローリン・30s・ハーレム・クリップス、そして90年代中盤にETGが組織されている。
 
 
 
・「NY」参考文献
ブラッズの歴史。UBNについて最も詳しく書かれた文章ではないかと思われる
http://tnlafamiglia.blogspot.jp/2012/10/history-of-bloods-gang.html
http://gangsandbullys.blogspot.jp/2012/10/bloods-history.html
http://gangsandbullys.blogspot.jp/2013/01/east-coast-of-knowledge-2010-bloods.html
著者のクリスチャン・クラウディオ氏は元ラテン・キングスだが、回心し今はいじめ撲滅の運動に携わっているという。
http://www.theepochtimes.com/n3/247674-this-is-new-york-christian-claudio-from-drug-lord-to-anti-bullying-advocate/
http://hosannaefcluxmundi.blogspot.jp/2016/02/the-man-who-experienced-gods.html
http://tnlafamiglia.blogspot.jp/p/christian-claudios-autobiography.html
ニューヨーク・ポスト紙の簡潔なギャング一覧表。
ブラッズ(UBN)5300人、クリップス1800人、その他ラテン・キングス1900人、ニエタス700人など
数字の信頼性はかなり高いと思われる。
http://nypost.com/2007/10/28/gangs-of-new-york/
http://gangproblems.blogspot.jp/2008/07/nyc-crips.html
ゴッド・ボディについて
https://moorishorthodox.wordpress.com/god-body/
獄中のヴァレンタイン・ブラッズが殺人未遂で逮捕される
Prison Gang Leader Charged With Trying To Have Fellow Inmates Killed
ニューヨークのギャング文化の変化
https://www.vice.com/en_us/article/how-new-york-citys-gang-culture-is-changing-818
https://curenewyork.wordpress.com/2011/04/29/notorious-gang-has-deep-roots-in-kingston/
https://web.stanford.edu/class/e297c/poverty_prejudice/gangcolor/gangculture.htm
フォーク・ネーションとエイト・トレイ・クリップス
http://nypost.com/2015/10/04/cuomo-aide-was-casualty-of-war-between-formerly-allied-gangs/
NYで最も危険なギャングマック・ボーラー・ブリムズ
http://nypost.com/2014/09/07/the-mac-baller-brims-nycs-most-dangerous-gang/
 
 
 
 
・クリップス/ブラッズとフォーク/ピープル・ネーション
 クリップス/ブラッズは全米に展開する中で、特に中西部及び南部において、シカゴ由来のフォーク・ネーションとその盟主ギャングスター・ディサイプルズ及びピープル・ネーションの黒人諸ギャングと本格的に接触することになった。
 
 
・フォークス
 伝統的にクリップスはフォークスと、ブラッズはピープルと組する傾向がある。

 シカゴの影響が強いカンザス州カンザス・シティでは、LAのBPS・ブラッズ、シカゴのOLBsなどの縁からブラッズとBPSは協力して活動し、クリップスとフォークスを圧迫していた。これに対抗するため1993年にクリップスはギャングスター・ディサイプルズとの間に全国的な休戦協定を結び、さらには対ブラッズのために「8-ボール・アライアンス」を組織した。
 同盟の名はクリップスのCサインとGDsのピッチフォークサインを組み合わせると「8」に見えることから名づけられた。この友好の結果、クリップスは六角星の、GDsは青色の使用を相互に認め合い、サン・ディエゴではGDs及びフォーク・ネーション創設者ラリー・フーヴァー釈放のために様々な活動を行ったという。
 8-ボール・アライアンスはその後「ユニヴァーサル・クリップ・ネーション」に昇華され、クリップスとフォーク・ネーションには強固な同盟関係は存在しない一方で、クリップスとGDsはフォーク・ネーションの下で「従弟関係」にあると考える者もいる。
 
 
・ピープル
 一方ピープルのBPSとブラッズのつながりは先述の通りだが、一部の情報によると、これをさらに深化させた「オールマイティー・フレーム・アライアンス」が存在するという。1993年に8-ボールに続いて結成されたというのだ。
 もっともフロリダ矯正局などが確認している8-ボールと違って、警察、メディア共にこの名前では認識していないようである。
http://www.dc.state.fl.us/pub/gangs/la.html
 またNYではピープル(もっともラテン・キングスを含む)とブラッズ間に協調は見られないという。
 
 
 ここから先の議論は
http://tnlafamiglia.blogspot.jp/2012/10/history-of-bloods-gang.html
http://gangsandbullys.blogspot.jp/2013/01/east-coast-of-knowledge-2010-bloods.html
 に基づく。

 ネット上ではイーストコースト・UBNの教典とされる「レッド・フレーム・マニフェスト」教典が公開されている。しかし教典の存在自体が疑わしいし、これは元ラテン・キングスのクリスチャン・クラウディオ氏によって投稿されたようだが、氏はBooks of Knowledgeを偽書であると断定しているので参考のためだろう。「ネット上の他のものとは違い本物だ」とうたっているこの書が疑わしい理由を述べる。

 その前に一つ付け加えると、シカゴのブラック・P・ストーンズは
「アメリカ・ムーア人科学寺院(Moorish Science Temple of America)」
 から強く影響を受けているのだが、これはネーション・オブ・イスラム(NOI)の創設者ウォレス・ファード・ムハンマドが所属していたともいわれる団体なのである。
https://en.wikipedia.org/wiki/Moorish_Science_Temple_of_America
 そしてNOIの分派ネーション・オブ・ゴッド・アンド・アース(NGE)はUBNに強く影響した5パーセンターズの信仰である。

 レッド・フレーム・マニフェスト教典はこの5パーセンターズの特徴である数秘学や黒人男性至上主義が見られないうえ、さらにネーション・オブ・ゴッド・アンド・アースではなくアメリカ・ムーア人科学寺院について言及しており、かなりBPS/シカゴ的な性質を持っていると言っていいだろう。NYのBPSは弱小勢力なので、もしUBNが教典を作ったとしてもその文化は取り入れないはずである。
 
 大まかなまとめとしては、ブラッズとピープルの同盟は存在するが、明瞭なものではないと言うことである。また宗教については、BPSと5パーセンターズの影響により、ブラッズはクリップスに比べてアメリカン・イスラーム色が強いと言える。
 
  
 
 
・ベリーズ
 メキシコの南ユカタン半島に位置するベリーズは、スペイン語圏に囲まれカリブ海に面する小国ながら、旧英領ホンジュラスであったために中南米では例外的に英語の普及率が高く、特にアフリカ系と先住民の混血であるガリフナ系ベリーズ人は米国への移民においても黒人社会に溶け込む傾向があった。
 そのため、1962年のハリケーン・ハッティーにより故郷を追われた彼らは、米国に移住するにあたって、NY、シカゴ、LA、フロリダなどの都市部の黒人優勢地区へと定住することになった。

 その中でLAに向かった者は、主にブラッズではローリン・20sに加入し、クリップスではもとよりベリーズ人優勢の組織であったローリン・30s・オリジナル・ハーレム・クリップスに加入する。両ギャングは熾烈な抗争を繰り広げており、ローリン・20sのTerrell C. Wrightが「Home of the Body Bags」にて詳細を記している。
 その他にも多くのギャングがベリーズ人メンバーを抱えていたという。
 
 
 やがて1980年代後半になると、英国からの独立を果たしたものの、ベリーズは南米から来る麻薬の中継地点となってしまい、その刑務所はアメリカから送還されたギャングであふれんばかりのありさまだった。

 そして1990年代を迎えたベリーズでは、隣国エルサルヴァドルでの内戦が終わって、その結果避難先のアメリカでの滞留が許されずにLAから追い出されたエルサルヴァドル人が、故国の窮乏に耐えきれずベリーズに仕事を求めて移り住み、その結果ベリーズ人がLAへ出ていくという負の玉突き現象が起こっていた。

 この間に首都ベリーズ・シティの人口は1960年代の3万人から2000年の8万人に増加したが、人口増加によって生じた都市問題をPUPとUDPの二大政党は解決することができずに、LAから持ち込まれたギャング文化とあいまって、21世紀に入ってからのベリーズ・シティは世界で最も殺人率の高い「殺人首都」の一角を占めるまでになっていた。
 ベリージアン・ブラッズは国内のみならず麻薬市場を求めて全米中に散らばっていき、国境付近ではロス・セタスも暗躍するなど、シティはさながらギャングの楽園と化していたのである。
 
 
 2010年代のベリーズ・シティにはブラッズ側にガザ、ピープル・イン・ヴァイオレンス、ジェーン・アッシャー、ノースサイド、クリップス側にゴーストタウン、ドッグ・パウンド、サンセット、サウスサイドなどのセットが並び、その中で最大勢力はガザ/ジョージ・ストリート・ブラッズであるが、彼らはクリップスとの抗争のほかに警察の特殊部隊GSUによる攻撃にも苦しんでいた。

 2012年にリーダーのシェルドン「ピンキー」ティレットは、この苦境を脱するために仇敵ゴーストタウン・クリップスとの休戦を計画するが、これに不満を持ったテイラーズ・アリー・ギャングに殺害される。
 容疑者アーサー・ヤングは元首相マニュエル・エスキバルと近く、かつてはその娘と結婚しており、また警察上層部とのつながりもあったのだが、一切手心を加えられることなく、GSUに捕縛された後謎の死を遂げている。
 2016年には兄の後を継いだジェラルド「シャイニー」ティレットも殺害され、ピンキー以前に殺害されている長兄のディーンと合わせて、ティレット家は3人の息子たちを失ったことになる。
 
  
 余談であるが、2012年当時ベリーズに住んでいたアンチウイルス会社創業者ジョン・マカフィーは、自分の7人の愛人のうちの1人はアーサー・ヤングの元恋人であり、ヤングをGSUに密告したためにギャングに追われて自分のもとに駆け込んできたと主張している。もっとも信憑性は疑わしい。
 
 
 
「ベリーズ」参考文献
ローリン・30s
https://en.wikipedia.org/wiki/Rollin%27_30s_Harlem_Crips
ベリーズでのブラッズ/クリップスのセット
https://www.linkedin.com/pulse/belize-gateway-hell-steven-platt
ラッパーのビッグ・ストレッチがベリーズ人のLAギャングへの影響について語っている
https://dondivamag.com/belizean-influence-on-la-gangs/
http://www.nydailynews.com/archives/news/caribbean-gale-ebbs-harlem-article-1.776923
シカゴのベリーズ系移民について
http://www.encyclopedia.chicagohistory.org/pages/127.html
ベリーズが麻薬取引で南米との中継地点になっていること、謎の特殊部隊GSUの存在についてなど
https://news.vice.com/article/belizes-island-paradise-is-caught-up-in-a-bloods-vs-crips-floating-drug-war
https://johnpascoe.wordpress.com/2011/09/12/the-dark-side-of-belize-part-1/
NYのローリン・30sはベリーズを通してLAのローリン・30sとつながっている

マリワナとコカイン密輸についての記事
http://articles.sun-sentinel.com/1989-09-26/news/8903050143_1_belize-city-crips-and-bloods-central-america
「LAが第三世界にギャングを輸出」
http://articles.latimes.com/1995-01-30/local/me-25958_1_los-angeles
ベリーズ社会の抱える問題
https://ambergriscaye.com/BzLibrary/trust281.html
ベリーズのブラッズとクリップス
https://www.thefreelibrary.com/The+bloods+and+crips%3A+Belize%27s+deadly+gangs.-a0249959381
ベリーズの学校でのギャングについての2001年のレポート
http://www.dbzchild.org/uploads/docs/gang_situation_in_belize_city_schools_(research___ion).pdf
ジョージ・ストリート・ブラッズのリーダーが殺害
http://edition.channel5belize.com/archives/127855
ジョージ・ストリート・ブラッズのリーダー殺害の容疑者が「処刑」される
http://amandala.com.bz/news/gangs-cops-cops-gangs/
「ヤングがUDPの友人なら、ピンキーは家族であった」

楽園に捕らわれたシリコン・バレーの偉大なる悪漢
https://motherboard.vice.com/en_us/article/silicon-valley-s-greatest-bad-guy-is-trapped-in-paradise
俳優ロス・ケンプによるレポート
Ross Kemp On Gangs S04E3 Belize
 
 
 
 
 
 
 
・終わりに
 独自の文化と「R30」「83」などのちょっと覚えづらいギャング名で何とも近寄りがたいクリップス/ブラッズだが彼らを理解しようとする試みは決して無駄ではない。

 クリップスでは
・デュース=ローリン・0s、ネイバーフッド(NHC)、イーストコースト(ECC)
            対
・トレイ=エイト・トレイ・ギャングスターズ(ETG)、イーストコースト・クリップス
            対
・フーヴァー・クリミナルズ
 
 
 ブラッズでは
・正統派であるパイルズ、ブリムズ、スワンズ等々
・シカゴとの重要な繋がりであるブラック・P・ストーン・ジャングルズ
・NYのイーストコースト・UBN
・小勢力ながら興味深いベリージアン・ブラッズ

 などのめぼしい名前を手掛かりに少しづつ理解を深めていきたい。
 
 
 LAの巨大な都市規模と、それに対して黒人内部で民族派閥があるわけではないという意味での「単一的」な人種構成がクリップス/ブラッズ内部の事情をかなり分かりづらくしている主因だと思う。
 例えばこれがマフィアなら、白人裏社会の中でのアイルランド人やユダヤ人に対するイタリア人勢力という視点があり、さらにイタリア人内部でもシシリア人とナポリ人とカラブリア人の確執によってかなりの部分を説明できるのだが、LA黒人社会にはそういった出自による対立が見当たらないか、あるいはフッド対フッドという形で細分化されすぎているために、こういった民族的理解はあまり役に立たない。さらに両ギャングは「しのぎ」も基本的に麻薬一辺倒なために、様々な犯罪に手を出してきたマフィアと違い、どうしても似通った存在に見えてしまう。
 しかしそれは外部の人間の視点であって、当人たちの見ている世界とは違うのだということは忘れないでおきたい。

 クリップス/ブラッズのセットは全米中にあるが、けして黒人社会唯一の犯罪組織というわけではない。
 4000万足らずの黒人社会で、しかもLA系2ギャングだけでこれなのだからアメリカ裏社会の広さが実感できる。
 
 
 巨大な世界なので書き足そうと思えばいくらでもできると思うが、ここらへんで止めておく。
 
  
 
・「Rep Yo Set」の参加ギャング名
 一応「Rep Yo Set」の参加ギャング名を書き出しておく。

・クリップス
アヴァロン・ギャングスタズ
ファッジ・タウン
グレープ・ストリート
フーヴァー・クリミナルズ
ホームズ・ストリート・ワッツ
ケリー・パーク
ロング・ビーチ・インセーン
イーストコースト・190・ブロック
アヴェニュー
リンウッド・N・フッド
ネイバーフッド・コンプトン
ナッティ・ブロック
パーマー・ブロック
サウスサイド
ワッツ・フランクリン・スクウェア
5・デュース・ブロードウェイ
ハーレム30s

・ブラッズ
ネイバーフッド・パイル
カンパネラ・パーク・パイル
バウンティ・ハンターズ
ブラッドストーン・ヴィランズ
ファミリー・スワンズ
クレンショウ・マフィア
デンヴァー・レーンズ
ブラック・P・ストーン・ジャングルズ
プエブロ・ビショップス
ウエストサイド・パイル
 
 
 
・どこのセットが一番大きいか
 クリップス/ブラッズが諸ギャングの連合体ならば、外部の人間としては個々のギャングのメンバー数が気になるが、両ギャングのメンバー数については不明瞭な点が多い。

 例えばこの記事
http://www.laweekly.com/news/la-gangs-nine-miles-and-spreading-2151120
 では「ワッツの65ギャングを合わせたら15000人がいる」なんて書いてあるが、人口3万人のワッツでそれだと2人に1人近くがギャングということになってしまう。常識的に考えて、刑務所でもない限りこんな比率はあり得ないだろう。

 またHerbert Coveyの「Crips and Bloods」ではローリン60sが6000人から8000人いるという数字を挙げているが、最大ギャングの一角とはいえ、群を抜いてひときわ巨大なギャングとは思われていないローリン60sが6000人もいるというのはおかしい。同格のギャングを合わせたら5ギャングで3万人を超えてしまう。

 一般的にメンバー数は全米でクリップス3万人、ブラッズ1万人とも推測されており、50州すべてを合わせての大まかな数字なので、時期によってかなりの違いがあるだろうが、「最盛期の推定最高人数」としてはかなり正確なのではないだろうか。
 
 
 総メンバー数と同様に各セットの詳細な人数についても正確と思えるデータは見つけられなかったが、匿名掲示板のthehoodup.comのスレッド「Big League Gangs of Los Angeles」での議論で、jacktheripper氏がこう格付けしている。

1) East Coast Crips (15 Gang Conglomerate)
2) Hoover Crip Gangs ( 9 Gang Conglomerate)
3) Rollin 60 Crips (Single Biggest Gang)
4) Harlem Crips (Single Gang)
5) Eight Tray Gangsters (Single Gang)

1) Bounty Hunter Bloods
2) The Jungles
3) Mad Swan Bloods
4) The Brims
5) Denver Lane Bloods

https://thehoodup.com/board/viewtopic.php?t=114915
 同スレッドではこの格付けが妥当かどうか議論されているので、気になれば参照してほしい。

http://www.rapdict.org/Rollin_60s_Neighborhood_Crips
http://lang.dailynews.com/socal/gangs/articles/dnp5_culture.asp
ではRollin 60 Cripsは1600名と推定されているので、他ギャングの人数もそこからある程度推測できるだろう。加えて156人の故人メンバーが列挙されているので、LAのギャング抗争がいかに激しいかもわかる。
 
 
 
・参考資料について
 LA系ストリートギャングはある程度までは開かれた世界で、マフィアのように厳しい沈黙の掟があるわけではないのだが、序文にも書いたように取材者が少なく、不確実な情報に頼らざるを得なかった。
 英語版wikipedia、unitedgangs.com、streetgangs.com、rapdict.org、hipwiki.com、rap.wikia.com、及び匿名掲示板thehoodup.comの書き込みをほぼ全体にわたって参照したが、個々のアドレスは長くなるので省略し、重要と思われるものだけ特筆した。
 
 
 もちろん著者は単なるギャング・ウォッチャーなので独自情報はない。

 なのでよほど変なソース、例えば悪質な都市伝説だったり、警察の主にギャング・メンバー数に対しての異常な過大評価だったり、またはクリップス創設者たちと確執があったと言われるジメル・バーンズのように個人的な動機が推測されるものでもない限り、本文の記述と英文資料が食い違った場合は基本的には英文資料の方が正しいので、そちらを参照してほしい。
 
 
 現時点でネット上に存在するものでは、hipwiki.comの記事が最もよくまとまったものだろう。
http://www.hipwiki.com/Crips
http://www.hipwiki.com/Bloods
 ただしクリップス/ブラッズは、ここから個々のギャングについて掘り下げるのが困難な世界である。
 
 
 一応日本語文献も探してみたが、めぼしいものは見つからず、
「ストリートギャング」レオン ビング著 1995年 五月書房刊
 が引っ掛かった程度だった。1991年のDo or Die: For the First Time, Members of L.A.’s Most Notorious Teenage Gangsの訳本である。

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